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録音において重要な概念は「音量」です。音響機器には様々なレベルの信号が扱われているので、好き放題自由にいろんな機器を連結して使えるものではないということは理解しておく必要があります。しかし「ラインレベル」について理解しておけば、たいていのものは扱えるようになります。CDプレイヤーの出力とか、プリアンプに入って出てくる音もラインレベルです。パソコンに繋いだインターフェースを通して録音するのも出力するのもラインレベルです。イコライザーやコンプレッサー、リバーブなどのアウトボードを使ったりするのもすべてラインレベルです。扱うのに手頃なレベルがあるのでだいたい規定した上で使っているのがラインレベルです。ほとんどのものがラインレベルで扱われるので、そこから外れるものを理解しておけばこの点では十分です。ラインレベルではないものとしてはマイク(音が小さすぎるのでマイクアンプでラインレベルに増幅)、スピーカーやヘッドフォン(ラインレベルからパワーアンプで大きく増幅して音を出す)、レコードのカートリッジ(増幅だけでなくイコライズも経てラインレベルへ)、ギターのピックアップ(DI,Hi-Z入力を経てラインレベルへ)ぐらいだろうと思います。ラインレベルに達していないものはまずラインレベルに増幅する必要があり、ラインレベルでは不足があるものはそこからさらに増幅する必要があります。マイクアンプは必ずしも単体ではなく、その他のユニットと一体になっているものも結構ありますが、その出力はラインレベルです(古い機器だとスピーカーにも繋げたりしますが、この場合はパワー・アンプも内蔵されています)。
ラインレベルに含まれる音量についての概念も重要です。例えば、マイクからマイクアンプ、EQ、コンプ、インターフェースと繋いでパソコンに録音するというような場合があるとします。大抵の場合、マイク以外には大抵、音量ボリュームがついています。しかしマイクにもパッドという2種切り替えの音量選択スイッチが付いているものさえあります。そうしますと音量ボリュームのトータルの数はかなり多いことになりますし、1つの機器でインプットとアウトプットに2つのボリュームがあるものもありますので場合によっては結構な数です。一方でEQにはボリュームはついていない場合が多いです。これはマイク1本、モノラルの場合ですので、さらにマイクが増えるともっと増えます。これは、どれぐらいの音量で受け渡すのが機器の旨みを引き出せるかが重要だからです。録音する音楽によって適切なバランスは違いますので決まってはいません。前後の機器によってもバランスが変わってくるし、機器の個性によって適切な入力があるのでそれでボリュームがたくさんになってしまいます。このボリュームの適切な位置を「スイートスポット」と言います。上げ過ぎ気味で歪んだ音が良しとされる音楽もあります。バランスを変えてスイートスポットを探すことは重要です。
デジタルの情報はすべて0と1に分解されます。情報が全部0だったら無音、全部1だったら最大情報量ということになります。全部1の状態を0dBu(デービーユー)と規定しています。dはデシリットルなどの単位のデシのことで、Bは電話の発明者グラハム・ベルの名から取られています。音量を表す単位で、dBをデシベルと読みます。dBuはデジタルで基準点を作った相対的な値です。音の情報が一杯で0dBuですから、録音される音は全てマイナスになります。プラスはクリップしてプツプツ音が入ります。デジタルは融通が効きませんので枠内に音を確実に収録する必要があります。僅かでも容認されません。そこで必ずマージンを取ります。最大音量を例えば-14dBにするという風にあらかじめ決めます。この-14dBから0dBの空間を「ヘッドルーム」と言います。24bitであればもっと下げられる、電源電圧にも拠りますが-20dBぐらいまで下げられることもあると思います。録音した後にミックスダウン、マスタリングと作業を重ねる時にヘッドルームがないと一杯一杯になって歪んでしまいどうしようもなくなってしまいます。特に音圧を上げる時にはある程度の余裕が必要です。フルトヴェングラーの演奏は音量が非常に小さかったと言われていますが、今日我々が録音で聴く彼の演奏はとてもそんな感じには聴こえない、凄いパンチがあります。これは音量レベルが低かったから可能だったのだと思われます。
しかしレベルを下げ過ぎるとノイズが多くなります。ちょうど良いあたりに決定します。そのためメーターでの監視が不可欠です。メーターは全てのDAWに付いています。VUメーターとPPMメーターがあります。PPMは反応が鋭く、一瞬の音量でもとっさに表示します。最高点に達した値を示すものもあります。これによって0dBuを超えることのないように監視できます。VUは反応を0.3秒遅らせて人間の聴覚に自然な音量を表示します。ヘッドルームの設定はVUで行います。どちらも一長一短ですがVUメーターがないと録音レベルを決定することができません。メーター好きの人とか、ライブでパソコンを使わずに音を出す場合にはメーター単体を使う場合があります。さらに踏み込んではステージで発光ダイオード式メーターをビジュアルに使ったりします。重要な指標ですから最近のアウトボードにも簡潔ですが小さなダイオードが並んだものが付いていたりします。メーターで歴史上の名機は、英サイファム Sifamのアナログメーターです。NeveやSSLが採用しているとされます。電光表示の棒グラフ式ではデンマーク NTP社のものが評価されています。測定機器の会社のメーターなので極めて高精度だとされています。ドイツのコンソールはほとんどNTPのメーターです。+20dB表示に切り替えるボタンがあるタイプで、メーターが+5dBまで表示できるのであれば(アナログは多少プラスでも問題なかったため古いものはプラスまで目盛りがある)ヘッドルームを-15dBと規定すれば一杯にして監視できます。シンプルなものはNTP 177番台のモデルですがこれはおそらくPPMメーターで、277番台のものになるとスピードを変えてVUとPPMを選べます。現在は作っていないか、倒産して会社自体が存在していないかもしれません。中古でしか入手できないと思います。
アナログメーターのスムージーな動きを重視している、デジタルメーターに不満なエンジニアも少なくないと言われます。そのため現行の高性能メーターは針機械式のものに戻っているものが多いと思います。温かいランプの光と味のある針の動きを愛しているエンジニアは多いと言われています。針の動きからいろんな情報を読み取ろうとするプロのエンジニアにとってデジタルでは満足できない場合があるようです。これがどれぐらい繊細なものなのかを示すもので見てわかるものはメーターの回路図だろうと思います。
IRT U70 真空管式VUメーターの回路図ですが、たかが音量表示だけでこれだけのものが要るでしょうか。しかもメーターに関しては60年代後半にも新型のU71を投入し、もうすぐデジタル時代が来るというのにまだ真空管を使っていました。真空管だから回路の規模が大きくなったわけではありません。この後70年代にようやくトランジスタ回路にリニューアルされていきましたが、それはより複雑になっています。
改良型のTelefunken U370です。電源を外部からの供給に切り替えてより簡潔になる筈が、インターステージ・トランスまで増えています。これらのメーターは信号をインプットしたらアウトはメーターになるので入れるだけで何も供給するものはないのです。音質とは関係ない筈です(理論的には関係ないですが、実際には影響します)。信号を検知したらその分、針が動けばいいんです。ところがそんな簡単なものではないということがこの回路図の複雑さを見て感じられます。針は速すぎても遅すぎてもいけない、芸術的な運行が求められます。VUメーターなんてものは、今どき中国製基板にメーターを付ければ安価で動くのです。その現代でさえ高級機は、単にメーター表示だけの機材で何万円もします。それぐらいすごくデリケートなものです。如何にメーター監視がエンジニアにとって重要かということを示しています。確かにアナログ時代(テープ)にはメーター監視は重要だったのはわかりますが、デジタルでもそうでしょうか。重要性が下っているのでプロでも使わない人がいるぐらいです。しかしどんな音量レベルの信号を記録するか、その前の段階でもどれぐらいの信号を受け渡していくかというのがアマとプロの技術の差と言われるぐらい重要なので、いまだにメーターが手放せないと言う人がいます。しかしパソコンの画面に出ますし、しかもヴィンテージの針の動きを正確にモデリングしたとするメーターのソフトウェアも多様にあります。
コンソールにはフェーダーも付いていますので、それも外されて単体で入手できます。しかしフェーダーというのは縦にスライドするボリュームに過ぎず、要するに音量を変えるためだけのものですから、コンパクトなシステムを組んでいる場合は極力使いたくないものです。必要性がもっとも少ない物のように思います。ところが一時(今もそうかもしれませんが)オーディオマニアの間でこのフェーダーが流行ったことがあります。録音用機器を再生で使うという奇妙な組み合わせですが、とにかく「音が良くなる」ということで大人気でした。さらにエックミラー Eckmiller製フェーダーの滑らかな操作感は触っているだけで病みつきになるぐらいの魅力を持っていてプロ機材の秀逸さに感動する人も出てきました。エックミラーはその社名でも製品がありますし、ノイマン、テレフンケンその他の黄金時代のドイツ製フェーダーは悉くエックミラー製です(マイハック Maihak, ダンナー Danner製などコンソール用のものはどれも品質は変わりません)。しかし注意点があって、フェーダーにはスライドボリュームだけのものとバッファーアンプが入っているものがあって、ボリュームには音質上の御利益はない、肝心なのはこれについているバッファーアンプなのです。アウフェかベイヤーのトランスが内蔵されているタイプです。フェーダーは前後にモジュールを連結しますが、インピーダンスマッチングする必要がなければボリュームだけだし、合わなければバッファを内蔵してマッチングします。コンソールはすべて特注なのでそれぞれに対応しますのでこのような違いがあります。
ボリュームは抵抗値を変化させるものなので抵抗値が固定の構造が単純なものよりも製造品質の面でペナルティがあります。それでアッテネーターと言われる固定抵抗器を複数使って音量を変えていくものもあります。このタイプはダイヤルのように切り替えるので多くは20箇所前後の接点があります。それでも切り替え接点が多いのはマイナス面です。それにコスト高です。ボリュームが必ずしも品質が劣るわけではありません。プロ用フェーダーもアッテネーターでないものもあります。優れた材料を使ったボリュームもあります。上の写真でボリュームが2つ使われていますが、これはスピーカーネットワークの値を決定する時にバランスを取るのに仮に入れたものなのですが、最初1つ使ってボリュームをゼロに合わせて素通ししているだけなのに音が明瞭に、そして濃くなって艶が出たので驚いてもう一つ使ったものです。無駄に使った方が良いこともあります。文革かそれ以前の上海無線電12廠製造です。良くも悪くも影響があるパーツなので適材適所での起用が必要です。
録音やPAで複数のマイクを使ったのであればミックスが必要ですが、現代ではDAW(パソコン内だけ)で全てデジタル処理で可能です。それでもアナログ的方法に拘る場合は、すべてのチャンネルをバラバラのままアウトプットし、サミングアンプ(音をミックスするアンプ)かミキサーに入力してバスで纏めた音をまたパソコンに戻して記録という方法になります。この時に、パソコンに戻さず別のレコーダーに記録するということもなされています。DAW内でミックスする場合でも別トラックでミックスを完了するのではなく、やはり外付けのレコーダーに記録するということもあります。デジタルでミックス、入出力、記録を同時にやるのは音質面で良くないのでミックスと出力だけやらせて記録は他に任せるという訳です。レコーダーはなくても本来はパソコン内で出来る、しかも割とすぐにできるものを丁寧に全部再生して外部機器に録り直すということですから時間もかかります。相当な無駄に感じられますが音は全然違います。OSとDAW他が入っているストレージも書き込み書き出しを大量に行います。ここに録音データを記録していくのも好ましくないので、別に用意しそこに音を記録していきます。
複数の楽器をミックスする場合、互いの楽器が被りますので(マスキングという)バランスをとりますが、全ての楽器の扱いがフラットということはなく、また時間の経過でバランスも変わります。重要な旋律を強調したいのですが、単に音量を増すだけでは良くないことも多々あります。そこで聴覚の錯覚を利用する手法があります。1つは「ハース効果」というもので、同じ音源が複数あった場合、最初に聴こえたものが大きく聴こえるという錯覚です。もう1つは「カクテルパーティー現象」です。注意を向けたものが大きく聴こえるというものです。このような人間の特性を利用し、ソロの出だしだけ少し音量を上げすぐに戻します。そうするとそのパートは大きく鳴っているように錯覚します。と同時に他のパートが埋もれることなく活かされます。生演奏でも応用できそうです。
ミックスの多くはステレオ2チャンネルに纏められますが、さらに最終工程で仕上げるマスタリングが行われます。これは精度の高い機材が必要なので専門の会社に依頼されることもあります。また第三者のチェックを受けるという意味合いもあります。プラグインだけでやってしまうところもありますし、それならと個人宅で作業をする場合もありますが、この場合は設定がPC内に保存でき、また元に戻すことも容易です。アウトボードを使うと仕事別の設定をメモしておかないと再現できずクライアントの要望に細やかに対応するのは大変面倒です。デジタルはプリセットを呼び出せばすぐに復元します。そこでアナログの信号回路をデジタルで制御する技術があります。コンソールではEuphonixが有名です。アウトボードではBettermakerがあります。
モバイル録音機やマスターレコーダーでマイクとかライン入力が2つあるものがあります。これは基本的にステレオ録音ですが、モノラル2チャンネル(デュアルモノ録音)という設定に変えることもできます。マイクをステレオのように立ててモノラル2チャンネルで集音してもステレオと同様、2つのチャンネルにはそれぞれ別の音が入力されますので同じような気もしますが、全く違うものであると理解しておかねばなりません。モノラルは2チャンネルでも互いの関連性はありませんが、ステレオは2チャンネルで一体です。もしモノラル2チャンネルの信号をステレオのLR(左右)に割り振って再生しますと、互いの音でキャンセルされスカスカの音になります。はっきり分かる程、相当な部分が消されます。これをステレオで録音して波形を確認しますと片方のチャンネルの音が大幅に消されていることが目視でもわかります。もっと簡単にできる実験は、携帯の環境設定でiPhoneの場合は、設定→一般→アクセシビリティと進んでモノラルオーディオの項を見つけます。ここでステレオの音楽をステレオ再生とモノラル再生で比較できます。やはりモノラル再生は音がスカスカです。ステレオ→モノラルはそれぐらいすごく難しいことです。おそらくこれをうまくやる機器を開発するのは非常に大変です。ミキサーは携帯とやっていることは変わりませんのでいけません。トランスの2つの巻線を使ってのミックスもうまくいきません。唯一、ハイエンドのインターフェースを使えば完璧にミックスできます。そういうアルゴリズムが内蔵されていると思われます。ミキサーもミックスするためのものです。しかしスタジオ用のコンソールも含めてミキサーはそういう自動ステレオミックスをするようにはできておらず、イコライザーにて手動でミックスを調整するようにできているものです。自動ですり合わせたりは少なくもアナログ卓ではやってくれません。
再生はモノラルからステレオ、5.1chなどいろいろありますが、究極的に理想はモノラルだと言われます。特に東洋は構築された音の概念に立体というものがありません。しかし西洋はステレオ的です。欧州のオペラハウスのオーケストラピットは劇場全体の中央にあります。つまり客席と舞台は同じ大きさで、それらを隔てるように帯状に楽器が配置されるので左右に広がっていることになります。センターライン付近で聴くとこれはステレオになります。一方、能では楽器は舞台向かって右に偏ります。中国でも同様です。端に寄りますので手前から奥に壁に沿って並びます。ですからこれはモノラルになります。ステレオは左右に広がらなければなりません。東洋の音楽を収録する場合、複数の楽器が関わってきた時に楽器の重なり合いを防ぐためにステレオで左右に散らすことは不自然さを伴い難しくなります。そこでかつてはコンプレッサーの逆の動作をするエキスパンダーで奥行きを出していました。これがないとモノラル時代の録音技術を復元できないとさえ言われています。ボリュームエキスパンダーと呼ばれ、米WE117Aはコンソールにインストールされていたとされます。30年代トーキー映画時代は再生の方でもエキスパンダーを使用していました。ボリュームを上げると飽和するがエキスパンダーではそれが回避できるという、小出力でいかにインパクトを与えるかを考えたらそうなるようです。現代ではWAZA Tube Amp Expanderがあります。PAでのハウリング防止にも使え、英Drawmer DS201が有名です。Rupert Neve designs 545 Primary Source Enhancerもあります。録音用機材でステレオ用の特殊なエキスパンダーは深さと広がりを調整できるものがあります。モノラルでは深さ(音像の距離)のみ調整できます。いずれもソフトウェア、アウトボード共にあります。米API 235、英SSL E-Series Dynamics Modul、Rupert Neve Designs Portico II Master Buss Processorなどがあります。ミックス、マスタリングにおいてコンプレッサーでの圧縮は全体の音圧を高めますが、エキスパンダーでの伸張は強いところをより強調、弱いものをより弱くします。英国式のNeveやSSLはこの両方を1モジュールにしており、同時に使用する前提で設計されています。特にドラムバスに多用されるようです。コンプレッサーは音像を近づけ、エキスパンダーは離します。イコライザーでもブーストは音像を近づけ、カットは離します。リバーブも離す効果があります。
現代のマスタリングでは最後にマキシマイザーで音圧を上げる手法が多用されています。マスタリング・リミッターと呼ばれることもあります。テレビで広告になると突然音が大きくなったりしますけれどもこれはアグレッシブにマキシマイズした例で、ボリュームを上げていないのに大きく提示できるのは、小さな音と大きな音の差をなくしそれを許容レベル一杯に詰め込んでいるからです。演奏においても音が小さいよりも大きい方が映えますので常識になっています。これは「音圧戦争」などと揶揄されています。専門的なリスナーはほとんどいないので、それよりも大衆からの評価の方が経理面で有利です。マキシマイズは高貴な芸術に打ち勝ちます。それで業界内部からもかなりの批判があります。結局、人々が音楽を買わなくなったのも潜在的理由としてこういう要素があるのかもしれません。そこで音圧を全く上げていない新譜も出てきました。レビューの付くダウンロードサイトでは「何で音が小さいのか? 出荷前にチェックしたのか? 冴えない。がっかりした」という批判と「素晴らしい繊細な表現美」という真逆の評価で真っ二つです。しかし音圧は全く不要かというとそういう訳でもありません。CD初期のクラシックやジャズなどで全くやっていない、マスタリングもしていないようなものが結構あったのですが、今更あの頃のものに戻りたいという人はいないと思われ、リマスタリングされた新しいものに買い直す人さえいます。適切なのはどれぐらいかという判断は、演奏に対する考え方が表れる素養の求められる分野です。マキシマイザーやリミッターでは効果が強力なので、バス・コンプレッサーというマスタリングを念頭に置いたコンプレッサーが使われることもあります。いずれにしても高速アタックが求められます。真に音楽的とされているものとして、Fairchild 670やUA 1176が評価されています。1176は入手性が良いので、最後にこれをデフォルトで刺しているというスタジオは多いです。1176は非常に安価で驚かされる中国製もありますが、本家UAのソフトウェアモデリングより良いです。しかし大陸ではコンプレッサー自体がほとんど売っていません。ソフトでやってしまうのだと思います。
大抵の楽器に言えることかもしれませんが、演奏者と周囲の人が聴こえている音は違います。二胡もそうです。少し離れて聴いた音が美しいと判断されればマイクはある程度の距離を置いて立てられることもあります。演奏者がヘッドフォンでモニターする場合、録音はマイクで録ったそのままの音を収録する事例で、それをそのままモニターもするというのはかなり硬い音であったりするし散漫な音なので疲れます。そこでモニターにだけコンプレッサーを使います。しかしモニターのイメージと最終完成稿とがだいぶん違うということになるかもしれません。違うのは当然なのでしょうけれども、演奏者がコンプレッサーを通した音で演奏を修正していて、それが最終的に違った方に向かっていれば不信感を抱くものです。ですからこの場合のコンプレッサーの使い方はそんなに簡単ではなさそうです。演奏に影響を与えるような使い方は避けなければなりません。もっと理想的なのは、最終的な音が決まっていて録ると同時に完成形により近づいたものをレコーダーに記録するというものです。ミックスも録音と同時にある程度やってしまいます。これを「かけ録り」と言います。やり方が既に決まっている作業の一部は後に回す必要がないかもしれず、できる限りかけ録り段階で済ませた方が音質も良いです。しかし後で調整せねばならない事例は他の楽器とミックスする場合に特に生じえます。かけ録りは融通が利かなくなるリスクがありますから影響を与えない範囲に留める必要があります。ソロなら確定できる要素が増えるかもしれません。しかしかといって100%仕上げようとしてレンジ一杯に詰め込むリスクは犯せません。
二胡のような音程が安定しにくい楽器であれば、音程を補正できるプラグインを使うこともあります。有名なものでは、米Antares Auto-Tuneがあり、手動で細かく調整や全て自動で補正することもできます。ソフトウェアであればライブで使いにくいので、日TASCAM TA-1VPというアウトボードもあります。プロの業界では当たり前のように使われているとされます。独Celemony Melodyneもあります。
音程には標準ピッチがあります。これがどこにあるのかを調査したのがナチスドイツ(テレフンケン)で、すでに戦前には「自然界の規準は、A=432Hzである」というデータを得ていました。しかし1939年の国際会議で規準ピッチは440Hzとされました。これは米国主導で決められたからだと言われていますが、確かに米国の音楽にはこれで合うようです。ナチスの研究は軍事機密だったので公開しなかったということも関係があると思います。音の高さを利用して人々の心理を操ることが目的でしたが、ナチの結論では440Hzは攻撃性を誘発するピッチでした。現代の音楽家は演奏を提供する時に、このピッチの高低が心理に与える影響を考慮します。432Hzに近づくと、落ち着いた安らぎを得られますが、もっとアグレッシブな表現が必要な時には上げていきます。ビートルズのイェスタディは434~5Hzだったと言われています。
古い録音にはノイズがありますが、これも良し悪しがあります。基本的にノイズは邪魔で取り除きたいものなのですが、しかしそれがどうして、非常にビューティフルなノイズもあるのです。ノイズがなかったら音楽に生命感がなくなるというぐらい影響力のあるものさえあります。それは機械的な欠陥である場合もあれば、ライブでの聴衆のざわめきのようなものである場合もあります。森には独特のノイズがあります。一見、無音の静かな世界に見えますが、森には確実にノイズが常に鳴っています。ノイズがなければ森から生命感を感じることができません。アナログ時代のレコードにあったノイズはCDで無くなりましたが、SONYは2018年末にレコードノイズを回復するためのバイナルプロセッサーという新技術を開発しました。これは再生で使うものですが、録音にノイズを足すものもあり、フリーではiZotope Vinyl、有料ではWaves Abbey Road Vinylがあります(レコードは欧米では録音のことなので、塩ビ製のレコードはビニール Vinyl、スーパーの袋などと区別する意味でヴァイナルと発音されたりします)。Wavesのものは非常に優れていてカリスマYouTuberの多くが使用しているとされます。60年代後半の英国ロンドンのアビーロードスタジオで使われていた特注コンソールは現在これもプラグインでWavesから出ていてそれが写真のものです。右側の黄色のマークがあるところにノイズと書いてありますが、これは実際にサーというノイズを足すものです。これはプラグインだから付けたのではなく、実機にもあったそうです。現代復刻されている実機からはこの機能は省かれています。このノイズつまみはミックス時に非常に馴染みが良くなり、活力も得られるとのことで使用されていました。おそらく森のノイズと根本は同じなのではないかと思います。実際にプラグインをダウンロードしたら聞くことができますが確かに森のようなノイズなのです。
そのノイズを収録して周波数分析を出してみました。SONYの説明と同様、500Hz以下の低域が持ち上がっています。ヴァイナルやテープのノイズはこの倍ぐらい、20dBぐらい持ち上がっています。このようなノイズを重ねると全体的に音がキャンセルされ音量が下がります。低域には少し強くかかりますので、EQでカットするのとは違う方法が得られるということになります。ノイズであればある程度ノイズ成分が残ります。ホワイトノイズは医療でも使われ、耳鳴りや赤子の夜泣きなどに対して効果があるとされます。安心感を与えるノイズです。音の存在感も増すので有力な方法だったということなのだと思います。ノイズはダウンロードできるのでそれを1トラックに敷設し、音量を加減してブレンドするだけなので特別なものがなくてもできます。それどころかネット上には、リアルな本物の森の録音まであります。自分で採りに行く必要もないという。繰り返すと人工感がでますが、10時間ものすら存在しますのでその心配もいりません。ちょっとずつ森の様子も変わってきたりするのですが医学目的だから構わないようで、そういう変化もうまく活用できるかもしれません。YouTubeで「森 ノイズ」などで検索すると結構ヒットします。
最近は趣味と仕事の境界があいまいになってきた人などが、LPレコードの古い音源のマスターをレコード会社から供給してもらい、マスタリングして自分のブランドで販売というのも出てきています。ジャズの名門レーベルだった米BlueNoteの有名エンジニア ルディ・ヴァン・ゲルダー(写真左)が自らマスタリングしたものも出たことがありましたが、彼のコメントによると「これまで何で自分にマスタリングを依頼しなかったのか不審に思っていた」ということで確かに巨匠のおっしゃる通りですが、マスタリングはそれ専門の技術なので専門の会社がやっていました。ゲルダーは元々素人マニアで、自宅に自作や特注、一部は市販の機器を設置し趣味で録音していました。それが素晴らしいという情報を聞きつけたアルフレッド・ライオン(写真右)が視察に赴き、一般家庭に機材が置いてあるという環境に不満を隠さずに見回した後、一転して突如OKを出したのが、BlueNoteの輝かしい伝説の最初の一歩になったと言われています。ライオン=ゲルダーコンビの録音は規準、今やバイブル的価値があります。ゲルダーはデジタル時代に入った時も素人扱いされていたのですかね。大きな会社に入っていれば無条件に受け容れられていたと思いますが、個人でやるというのはこういうことなんでしょうね。アメリカンドリームの規準が金銭で測られる国で、違うドリームを求めている人には生きにくいのだろうと思います。ライオンはドイツ人、マスタリングでゲルダーにオファーしたのはゲルダー本人によると日本人(東芝EMI)が来たとのことでした。ゲルダーは59年に個人スタジオを建設したのですが、ここまでするのは当時では稀であったと言われています。機材も特定のもの以外は市販のものがなく多くは特注でした。この時にゲルダーのコンソールを設計製作したのがレイン・ナーマでこれは彼が作ったコンソールの最初の1号機だったとされています。ナーマの製造したFairchild 660コンプのシリアル1番の購入者もゲルダーであったとされています。当時コンプは録音使用で想定していなかったのですが、それでもゲルダーが買ったということはやはり趣味感覚だったのでしょう。世話になっているから付き合いで買ったのかもしれませんが、以後は手放せなくなったようです。
こういう有名な人であれば優秀な専門家がミックスすると思うのですが、結局のところ優秀かどうかが問題なのではなく、何を表現するかですから、演奏家あるいは作曲家が通しで手がけるのが一番なのだろうと思います。矢沢さんはプロなので大丈夫なのでしょうけれども、一般的に有り得る、表現したい明確なイメージがあるけど自分はミックスについては素人というシチュエーションにおいても、最終的には違和感のないものができるかもしれないということは可能性としてあるかもしれないというのは考える価値はあると思います。
マルチ録音とか、楽器をバラバラに録音して後で多重ダビングするようなやり方(今はデジタルなので多重ダビングはやりませんが)は、いつぐらいから出てきたのか、20年代まで遡れますが実際の明確な時期を確定するのは難しいと思います。トーキー映画時代にはすでにオーバー・ダビングが行われていましたし、47年にはテネシーワルツという名盤も出てこれも同じ歌手が幾つものパートを歌うという多重録音の最初のものでした。こうした録音方式が確立され、商業的に高度に発展して揺るぎない地位を得たのは、60年代に米国デトロイトでモータウン Motownというレコードレーベルの録音以降でした。ここは黒人音楽を専門に録音するレーベルでした。後に有名になる演奏家も多数所属していて最も有名なのはマイケル・ジャクソンです。それまでの黒人音楽は演奏家の素行の悪さや酒ドラッグとの関連などで音楽の内容以前に特に白人から敬遠されていましたので、レコード会社の方で学校を作り、落ち着いたベテラン以外の演奏家はあまねく義務で入校させ、振る舞いや話し方から矯正されました。サウンド面では、マスターテープで演奏を評価するのではなく、市販のレコード盤で評価すべき、またラジオ放送向けには大衆が使っている端末の特徴が平均化された特注ラジオを製作し、それを基準に最終稿が決められました。いかに人々に素晴らしく聴かせるかを追求して音の加工を厭わず、彼らが製作した7バンドのグラフィックイコライザー、さらに周波数をずらしたもう1つの7バンドを使って、計14の周波数帯で調整するというゴテゴテ加工、歌はコンプレッサーを強烈にかけて潰れるも御構い無しといった現代のミックスの先駆けのようなことをやっていました。全体で一体化した芸術として完成していてネガティブな要素は見当たりません。録音とミックスも芸術の一部になっています。これはプロデューサーが作曲も行っていたから可能だったようで、つまり演奏する方は作曲家の指示通りに動く人たちで(ギャラはすごく安かったと言われています)、作曲家が作品を作っていたのです。後代の演奏家と録音技師が分業している場合であれば時に確執も生じますが、どちらも1人でやっていれば問題はない、一貫性も保てるということなだろうと思います。そのためモータウン所属のプロデューサーは全員作曲家だったようです。音はパーツ採りして、それを後から作曲家が切って貼ってと製作していました。
このかつてのアメリカンのサウンドを得ようと思う場合は、今時はプラグインもありますが、アナログにどうしても拘らねばならぬのであれば米ペアレス Peerless社のヴィンテージトランスが当時のアンプに使われていたし、DIは各種UTCのものでしたので、そういうもので味を追求できるかもしれません。「モータウンの音に変えますよ」という機材もあります。
こういう様々な録音方式で聴くと何が最良かというのはケースバイケースで一概に言えないということがわかります。どちらも良い点があるし、そもそもそういう技術的な側面が重要なのではなく、音楽を製作する人のヴィジョンこそが重要、自分たちの空想の中の音楽を具体化するために技術的に色々な方法が選択できるということです。完成した作品のその全体で一体として見た時に評価すべきものであって、技術だけ論じても仮定の範疇を超えるものではありません。しかし技術については十分に知っていないと使えないので理解しておかねばなりませんが、こういう歴史的に有名なものはネット上に多くのサンプル音源があり、また多くの人が論じていて、本もたくさん出ていますので「あのサウンドの秘密はこうである」と暴露するような、そういうものもあるので参考にできるし達成するためのツールも市販されていたりすると思います。そのうちに自分の固有の音を持ちたいというような希望も出てきますが、それでもいろんなサウンドを知っているのはプラスになると思います。モータウンは非常に独特だと言われますが、しかし元々ALTEC社が販売していた機器を使ったもので、それを使ってどうするかが独特だったのですから、現代でも市販の何かで新しいものを生み出すことは可能だと思います。ALTECは元はベル研究所の製造部門、米国最大手なので決して特殊なメーカーではありません。当時の米人にとって最も普通の音でした。UTCも米国で最も優秀なトランスメーカーの1つですから特殊なものではありません。一方で、どうしても世間のものが気に入らず、自分でトランスを巻いたり、ガレージメーカーを設立したりする人もいます。自分でそこまではやらなくても、そういうところにちょっかいを出して何か作って貰うとか、そういう人もいます。プロだとどうしても独自性が欲しいので色々こういう面で努力は多々あると思います。これも一体化された演奏芸術の一部なのでしょう。
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