
古典学習者のための入門用練習譜です。
小店の「古典譜」シリーズは、二胡奏者が古典に親しむために制作しましたが、実際には多数の購入者は二胡奏者ではありませんでした。二胡奏者であれば、現代は教本の整備が十分なので、もう初級ぐらいまで達したのであれば、徐々に古典に入ることができます。しかし古典に進みたい奏者は二胡を始めてもすぐに辞めますので、初級に達した奏者の多くは古典には進みません。中国古典をやりたいのですが、そのために適切な音出しができる何かが必要だからそれが二胡になってしまった、という流れになり、それが自然なのかもしれません。そうしますと現代教本は嫌われます。そのことに後から気がつき、初心者が中国拉弦楽古典に入るための0巻を構想いたしました。
一番古い最初期のメソッドは周少梅と劉天華によって作られたもので、実験的、不完全なものでした。学校の教科書だったので、先生の指導の下に使用される前提だったことで、現代では常識となっている最初から順番に取り組めばレベルが少しつづ上がっていくといったようなものではありませんでした。一種の作品集のようなもので、先生が作品を指定しそれを生徒が取り組むというような使い方だったのではないかと想定されます。独学ができる程度に整理されたものではありませんでした。
それから劉天華が亡くなり、教育が弟子らに引き継がれた時、彼らによって現代的な教本に整備されていきました。その基本的な考え方は、入門においては劉天華による47の練習曲で十分というものでした。学習者に若い人を想定していたことで、大量の練習曲は必要としていなかったのかもしれません。或いは別の角度から観ると、現代の教本に載せられている47の練習曲はかなりの曲が削除される傾向なので、考え方によっては47というのは結構多いとも言えます。
蒋風之の場合は、初級を超えたぐらいから傳承譜に入っていました。現代では考えられませんが、しかし世界的に伝統音楽というのは今でもこういうシステムです。中国の場合は西洋に近づける指向なので、バイオリン教本を参考にしたようなものが多数作られていますが本来は違っていました。元に戻した方が古典を学ぶのに適切ということで、それを復刻しようというのが本書です。傳承譜は蒋風之が選んだ作品が所収されているものなので、まだ他にも選ばれていない様々な作品があります。それらに接して慣れてから蒋風之傳承譜に進むという流れです。
この古いシステムは、楽器を学ぶという概念が希薄です。現代では例えば「二胡を学ぶ」とか楽器の奏者になることが中心の考え方ですが、昔は「中国伝統音楽を嗜む」でした。これが大前提で、そのために「必要だから二胡」でした。