劉天華[liú tiān huá]の楽譜は、書籍の形で販売されていておそらく購入は容易に可能、ネットでも画像ですぐにダウンロードできます(以下「現行譜」)。しかし元はこんな作品ではなかったのではないかと考える人がいます。劉天華自作自演録音が残っていますので比較すると、確かに違うことがわかります。幾つかの作品に関しては劉天華の本来の譜がわかりますが、すべての作品ではわかっていません。蒋風之は後代に更に研究考証を加えているので、これも劉天華オリジナルと一致しているとは言えません。どれを選べば良いのでしょうか。
劉天華の録音が残っているオリジナルは、まずこれは非常に価値があります。「空山鳥語」に関しては作品の性質上、蒋風之を省けば、違いはあまりありませんので問題になりませんが(本書では違いを明記しています)、「病中吟」における劉天華自演は、この作品の世界観を理解する上で重要です。しかし一般に譜は出回っていません。それとは一部が違う蒋風之譜も今は出版されていません。それに対して現行譜は、味が違っています。
劉天華は死後すぐに兄の劉半農(劉複)によって楽譜が出版されています。これが今の現行譜になっています。このうち、悲歌の2種に関しては本書にも転載してあります。この2種の大きな違いは弓法です。劉天華が教えた弓法はどちらなのかが議論になっています。つまりこのことは、弓法に関して劉天華のオリジナルが何なのかが追求され、詳細に記録されたということを示唆しています。ということは半農による原典版(現行譜)の弓法は信頼に値するということになります。
そうであれば、病中吟の劉天華自演と半農・原典版は一致せねばならないということになります。ところが、本書で自演版と原典版で違う箇所を指摘していますが、それらの箇所も含め、全体的に原典版では自演版の味は出ません。しかし蒋風之なら合います。おそらく原典版の編集にあたって、当時の社会的流れから西洋音楽のように調整したのかもしれません。東洋の弓法では古い印象を与え評価されない恐れがありました。そしてその判断が正しかったことは、現代では東洋弓法の譜が入手難になっていることでわかります。劉天華の作品はまだ他にもありましたが、中華伝統曲は半農編集譜から省かれていました。
阿炳と楊陰瀏はどちらも、劉天華オリジナル作品は味がないと言っています。この2名は中華の伝統に深く関わってきましたので、そのように感じるのは自然なのかもしれません。なぜなら劉天華オリジナル10曲は西洋音楽との折衷だからです。西洋音楽は伴奏を必要としますが、それが前提の弓法になっているので中華とは異なります。そこを中華の伝統奏法を崩さずに西洋の風味を加えたところが傑作の所以なのですが、弓法まで西洋にしてしまうと土台がおかしくなります。しかし挑戦的方向性と割り切ればこれも成立します。そして中国楽器を世界的なものにしたいという本国側の強い願望があることと、世の中の音楽が西洋化しているのでその方が理解されやすいという事情で、今でも現行譜が中心になっています。
しかしその中で、東洋弓法を頑なに守ったのが蒋風之で、劉天華の奏法を継承しているだけでなく、さらに中華の香りを込めています。蒋風之の濃厚な味わいは、複雑に絡み合う花点(装飾音)の乱舞によるため、これを削って淡々と進めれば、劉天華オリジナルに近くなります。劉天華自演の病中吟、噛めば噛むほど味が出る昆布のような演奏は、まず蒋風之に接しなければ、このような演奏に近づくことはできないでしょう。
本書では現行譜の弓法は「悲歌」2種以外は載せていません(この作品は弓法が問題になっていますが、作品自体がかなり西洋的であるため、それほど重要な議論とは思われません。現行譜の弓法でも良いという趣旨で掲載しました)。二胡は無伴奏で演奏するため、西洋弓法では味が薄くなり、ピアノの伴奏の必要性を感じることもあります。東洋弓法ではそれはありませんし、仮に伴奏が加わったとしても東洋弓法の方が適切と考え、西洋弓法は所収しませんでした。西洋弓法の確認はこちらから可能です。
3頁以上の作品は演奏中に頁をめくる必要がないように2分冊とすることで同時に開けるようにしました。曲の1ページ目は必ずA巻の方に置き、B巻でも同じページに置くことで目次を参照する必要がないようにしています。本は開きっぱなしにするのが難しいので冊子とし、最大ページ数が40なのでこれで制作しています。
本書に劉天華原典譜のみしか載せられていない曲は、花歓楽、四合如意、揚合、蕉窗夜雨だけです。前の2曲は本書の前の巻、蒋風之傳承譜にもありますがこちらでは四合は短縮されているので、四合の一種である揚合と共に完成された江南絲竹の大曲が2種提示されていることになります。蒋風之がありますので、原典譜においても奏法が理解可能であるため、演奏上の問題はありません。蕉窗夜雨は広東音楽なので原典譜のままでも良さそうです。
劉天華の弟子だった陳振鐸が収集した作品「北正宮」も掲載されています。原始譜のような有様で「流水板」と指定はありますがこれは速度を示すものではないので、この段階ではよくわかりません。
流れる水にはいろんな速さがあるからです。これは曲調から、また題名から宮廷音楽だったと思われ、民間に広がって中国各地で見つかります。冀東ではすでに演奏されなくなっている可能性があり、見つかった録音は遠い潮州のものでした。骨格は同じなのでこの録音を聴けるようにしています。冀東は北京の東なので宮廷に近いことから、原典に近いものだった筈です。宮廷音楽の演奏は装飾を使わないので、もしこの冀東の北正宮を宮廷調に演奏するのであれば、陳振鐸のこの譜で十分です。皇帝が玉座に向かう時の音楽と想像されます。
虞舜薫風曲は、前の巻の蒋風之、本巻では陳振鐸が訂譜したもの、63年上海之春音楽祭で倪志培の演奏を記譜したものの3種類になりました。倪志培演奏譜はおそらく決定稿で、薫風曲を演奏するならこれを選びたい完成度です。これまで録音のみ、譜は出ていなかったので小店の方で記譜しました。
漢宮秋月は、ほとんどの演奏者が蒋風之譜で演奏しており、劉明源も蒋風之譜で演奏しているものが残っています。劉明源は正月の度に蒋風之の家を訪問していたようで、拒否する蒋風之にタバコを勧める写真などが何枚も残っています。この2名は63年上海之春音楽祭の審査員でした。蒋風之譜が決定稿となっていますが、しかし陳振鐸譜も全く異なる魅力で素晴らしいものです。これも譜がないので小店で記譜しました。その他、第一巻には楊蔭瀏譜「陳隋古音」も収録したので、漢宮秋月は4種となりました。

目次は、曲譜と奏法だけです。その他の資料はリストしていません。
付録として、劉天華から受け継いでいる江南絲竹の作品を理解するために、その源流となった2つの作品を載せています。
録音への入域は、どちらも「cyada.org」です。