蘇州の制作家・馬乾元の二胡はかつて上海の金陵東路に行けば簡単に購入できました。しかし当時は偽も多く出回っており、各店舗によって本物と偽に二分されているという状態でした。しかし共通点がありそれは、必ず顧客の呼び込みに「馬乾元あります」ということでした。どの店もオウム返しのように同じ事を言っては訪問客に馬乾元の二胡を手に取らせていました。私は当時よく事情がわからず「蘇州にはたくさんの名工がいるのになぜ特定の1人の二胡だけを販売するのだろう」と思っていました。最初は「馬乾元? 誰?」という感じでしたが、そこら中で「馬・・馬・・」と連呼されるので、いつのまにか "よく知ってる人" という錯覚に陥った程です(洗脳されやすいようです)。10件ぐらい廻った頃には「ああ、知ってるよ」と偉そうに言っておりました。その時にだんだんわかってきましたが、ともかくその時に拉いた馬乾元は思わず凍り付いてしまいそうなぐらい美しい音を鳴らすものもあれば、はっきり素人目にも駄目なものがあり、良いものを売っている店は全部よく悪い方もしかりだったので「真贋が存在するとは、まさにこういうことなのか」と思ったものです。 その後、人に頼まれては購入しにいったりしていましたが、やがて絹弦を売るようになったりとか、いろいろあってしばらく上海には行っていませんでした。
左のお写真は、馬老師の工房(おそらく自宅も兼ねる)の入り口です。
そのうち二胡も販売するようになり、いろんなものを販売しましたが、やはり「馬乾元の二胡はずば抜けている」という結論になり、今後継続して購入するため、北京から馬老師の自宅へ電話しましたが繋がりませんでした。住所もわかりましたが該当の住所は地図を検索してもありませんでした。それで「これは蘇州に行って捜索しなければならない」ということになりました。上海の金陵東路の様子も気になっていたこともあったので、蘇州に行く前日に先に金陵東路へ行ってきました。しかし状況が以前とは見違える程に変わっていて、まず二胡自体を売っている店がほとんど無くなっていました。あってもわずかに安価なものが置いてあるだけでした。 これはすごくショッキングでした。北京では決してこのようなことはないので予想外だったということもありますが、上海でこれだけ中国民楽が衰退しているということに穏やかならないものを感じました。翌日に蘇州に行きましたら、こちらはあまり変わっていなかったので上海在住者は蘇州まで買いにいくのかもしれません。
馬老師の自宅の中庭です。右の方が工房でこちらにお邪魔しました。
私が持っていた馬老師の住所は間違っていたものでしたが、それを手がかりに捜索しましたら割と簡単に見つかりました。かなり近い所まで行って近所の人に住所を見せると勘でだいたいわかったようで、場所を教えてくれました。玄関に立つと内部は幾つもの世帯に分かれていることがわかり、マンションのような集合インターホンになっていました。ドアには紙が貼ってあり「8号 请按 801 802 马宅」とありました。それで私は801を押すと、すぐにロックが解除されました。中に進入すると大きな中庭に出て敷地をうろうろしていましたら、おばあさんが出てきたので伺うと、もっと奥に行くようにと言われました。そこは狭い通路になっており(上の白い壁に囲まれた通路)ここを通るとまたロックされたドアがありました。 ベルがあったので押すとやはりまたドアがすぐに開きました。(失礼ながらはっきり言わせて貰うと、老師宅は防犯になっていませんね。)中に入ると老師宅の中庭に出ました。ここに出てもやはり誰もいないので、戻って写真を撮ったのが上の写真です。家の中から人が見ていて、私が帰ると思ったのか、呼び止められました。しかしその人はすぐに家の中に入ってしまいました。私がその後に中に入ると、そこには二胡の作りかけのものがたくさんあったのです。
この机は二胡の修理のためのものだということです。
馬師のところでは「馬乾元」或いは「司馬乾元」(中国で2文字の姓は古代の貴族の末裔であることを示すものです) の銘が彫られた二胡は様々なものがあり、ここで作っていない大量生産のものもあります。それはおそらく蘇州民族楽器廠の虎丘牌に委託しているのかもしれません(これについては追求する意味がないのでここまでにしましょう)。虎丘牌の最上位が馬乾元という言い方もできます。馬師の工房内で制作している二胡はいろいろありますが、最上位のものは老紅木、紫檀、印度紫檀の3種です(紫檀とは現行のアフリカ紫檀なので小店では購入していません)。馬師の印度紫檀は現在の価値と比較すると破格に安いですが、牛毛紋が棹に出ているとか、金星が走っている胴などが入荷してきます。やはりこの辺りは蘇州民族楽器廠という大企業の力でしょうね。馬師はそこはもう辞めて独立していますが、工房はすぐ近くです。
写真は製作済みの二胡を保管している倉庫です。
ここまでで「かつて上海の楽器店には必ず馬乾元があったのに今はない」「日本で売っているのは弦堂ぐらい」という二点に何か胸騒ぎを感じた方はとても鋭い勘をお持ちでいらっしゃいます。これはおそらくどちらも同じ理由で、以前の馬乾元は商品として問題ないものだったのですが、最近のものは外観に粗さが目立つようになっています。だから販売店から見ると売りにくいんですね。おそらく視力の問題と思いますが、これはもちろんこちらも言いますので、きちんとしてから日本に送るわけですが、それでも他工房程の水準ではありません。そして体力的な衰えもありますので、徐々に息子さんの作業が増え協業体制化しており、そのため最近は外観の大きな問題も出なくなりました(それでもまだ手作り感はありますが。工法が特殊なので機械を使えない部分が多いのだと思います)。作業は3人プラス1名で、内訳は馬乾元と2人の息子、馬偉忠、馬偉春、馬師にはもう一人息子がおりすでに逝去していますがその奥様だった蔡桂英ですべての作業を担っています。しかし制作物は馬乾元の意向が全面的に働いたものなので、息子さんもご自身の銘で作り独自に制作して当地の文化人らに販売しています。その強気のプライスは父と同額です。息子だからこういうことができるのでしょうね。しかし制作数は極めて少ないと言っています。
馬乾元の琴胴はよく見ると歪んでいます。僅かなのでよく見ないとわかりません。これは古楽器の工法です。6枚の板を貼り合わせますが大きさを変えることで正六角にならないようにします。現代楽器は内部に特殊なウェーブを施すことで対面を作らないようにしますが、馬乾元はこれもやった上でさらに対称形を崩しています。機械で同じものを大量生産して貼った方が簡単ですがそうしていません。さらに別の特徴としては演奏すると棹に伝わる響きが多過ぎて手が痺れる程であるということです。驚いて棹を抜いて調べる人がいるぐらいですが、そうすると棹の軸は完全にはまっておらず、隙間が多過ぎます。しかし時々こういうものがあると不良だとわかりますが、全部そうなっているのでこれは意図的です。こうしないと古楽器独特の響きは出ないということなのでしょう。蘇州二胡の元々の作り方であって、オリジナルというわけではない筈ですが、作業の効率化と共に失ったものがまだ残っているということなのだと思います。
写真はディジュリドゥ奏者のShibaten先生に撮影いただきました。ありがとうございました。中国人が販促で偉い先生とツーショットを撮って店頭に飾ったりしていますが、そういうイメージですね。- 2014.07.29
お金はないが印度紫檀が欲しくて堪らない方々へ
:この赤文字を読んですでに気分を害された方は多いと思いますが、結構多いし、これまでお問い合わせに対して個人的に話したりしていましたが、いずれにしても気分を悪くされるので最近は何も言わなくなりましたが、そもそも何でこういう話になるかというと、印度紫檀を欲しいと言って問い合わせながら、その一方で生活はギリギリなどと申告もする人が結構多い、女性の購入検討者は8割ぐらいは確実にこれを言いますので、いい加減ここで話しておこうかと思った次第です。こういうお話に対する弦堂の回答は驚くほどデリカシーに欠けたもので「印度紫檀なんてお金が余っている人が買う物ですよ」もっと大人にならなければならないのはわかっているのですが、そう思っているのでこう言うわけです。そもそも金額というのは経済社会において絶対的な評価だから、高かったら他より良いものであるという理論は普通に蔓延しています。必ずしもそうではないという弦堂の見解は多趣味で道楽人の男性であれば即わかりますが、これを女性に解らせるのはどうしたらいいですか? 女性用の物というのは化粧品でも何でも金額と質が比例しているものが多いですね。男性のマニアックな趣味はだいぶん違うのでガレージメーカーというのがあったりします。男女では考え方も違います。男はいかにも大したことはなさそうだがさりげなく良いものを持ったりして格好をつけたがります。印度紫檀など誰が見ても良いとわかるものは不見識を晒しているようで恥ずかしくて外に持って出れないと考えます。弦堂自身に至っては、周囲にメンツと見栄を重視する大陸人に囲まれておいて、厚顔無恥にもボロボロの二胡を平気で持っているので市民から説教までされているぐらいです(話が根本から合わないのはわかっているので謝りまくっていますが)。女性は違います。お友達が自分より高いのを持っていたら負けたと考えます。仮に印度紫檀より良いものが他にあったとしても、他人から良いものだとわからないものは要らんのです。楽器のクォリティ以前に、自分を飾る何かが必要です。高価なものを持つと自分が大事にされていると感じられます。それで弦堂が「はいはい、何でも高いのを買って下さい」というと「無責任に売りつける悪商」となります。困りますね。おもしろいネタだと思ったのでここに貼り付けましたが、そうであれば「印度紫檀でなくても良いというのはどういうことか」ということになります。ここが一番肝心ではないかとも思う訳です。本ページは馬乾元の販売ですからそこから言いますと、印度紫檀以外に老紅木で二種ほどありますね。値段もそれぞれ違います。音のクォリティは全部変わらないと思っていただいて良いと思います。材によって個性があるのみで優劣はありません。念を押しておきますが、これは馬乾元ぐらいです。他の工房のたいていの作品は印度紫檀が良いです。だからここではわざわざ一番高いものを買う必要性は必ずしもありません。こんなことを言うと儲からないのでは? お金がないが印度紫檀は欲しいという悩ましい方が多いので小店での馬乾元紫檀は利益を圧縮していますから紫檀が売れると弦堂はあまり儲かりません。本来は価格にもっと差があってしかるべきですが、質はというと差は価格程もないです。弦堂まで確認に来られる男性の方は老紅木を買われる場合が多いですが、女性は音など確認せずに紫檀です。だけどもし今でも黄花梨が買えるのだったら女性も黄花梨を買うのでしょうね。高いから。だけど質の高い老紅木が買えるのだったら黄花梨は必ずしも要らないですね。老紅木でもいろいろありますが、最高ランクのものは黄花梨と変わりません。黄花梨は老紅木の一族ですから。だから呂建華も「黄花梨、意味ない」などと言います。現物を直に見た人はたいていそう言います。印度紫檀というと黄花梨や老紅木とキャラクターが違うので存在意義がありますが、だけどファーストチョイスかと言われると違うのでは?と思います。黄花梨を規準に考えたらまず老紅木になる筈なんですね。だけど馬乾元の印度紫檀、金星は出るし牛毛紋も出るし、特に多いのは金絲紋ですが、こういう豪華な材がこの値段だったら考え込んでしまったりします。高かったら諦めもつくのですが。しかも馬乾元の古い工法で二胡を作っているところはもうないですね。手工で完全なる"楽器"を作っています。だから同じ材を使っても他の工房ではあの響きは出ないです。そうしたら結局どうすれば良いのか、この混乱が3種もの材をリストしていることに表れています。この中でどれが押しかというと正直わからないです。ただこれだけ言っておきたいのは「生活を切り詰めてまで印度紫檀を買う意味があるのか考えて欲しい」ということです。もっとも二胡らしいスタンダードなサウンドは老紅木だと思います。
在庫:弦堂で販売している楽器リスト
お問い合わせ:erhu@cyada.org erhugendou@gmail.com
中国・蘇州にあります蘇芸(苏艺)琴行です。(中国苏州市景德路257号)ここで販売している胡琴は馬乾元のみです。馬工房の様々な作品を見ることができます。
割と安価な二胡を幾らかまとめて作っています。蛇皮はこのように日陰で干しています。
蛇貼り中のものは結構大量にあります。
これが工房内で一番大きな棚です。
テレビを見ておられるので、そろそろ帰りましょう。
我々もテレビを見ることにしましょう。
中国歌劇舞劇院民族楽団首席奏者の林感女史の二胡は馬乾元です。
その他、ネットの動画で馬乾元を見る場合は朱昌耀で検索すれば良いと思います。彼は馬乾元の特約顧問です。
古琴も本場は蘇州あたりで、最良の材は古杉材です。馬乾元が制作した古琴を見せて貰いましたが、非常に深い音が鳴ります。外形が異なるもの2種あります。一把50万円です。この時に銘がないことについて少し話したので、印章彫りを趣味にしておられる馬乾元の息子さんに仕上げに入れていただいたのが下のものです。