琴弓は腕の延長になりますのでデリケートです。指先で作業は必ずしも簡単ではありませんが、さらにその先で何かをコントロールするというのはより技術の必要なことだからです。ですから弓はおそらく楽器より重要です。二胡の弓は分類するとすればこのようなものがあります。
・普及品
・北京弓
・上海・蘇州弓
・国産
普及品は初心者が使う可能性が高いので、非常に使いやすく作っています。人工のカーボンを使用するなどして規格を統一して価格も下げています。二胡弓の標準を知るには優れたものです。しかし使用されている馬尾(毛)の質はあまり良くありません。これで十分、他には要らないという人もいます。安かろう悪かろう的なものもほぼありません。もしかすると一番研究されて作っている弓です。
北京弓と上海弓は馬尾を固定する弓魚に大きな違いがあります。しかしどちらも馬尾は90度に捻ってあり、設計は本質的に変わっていません。どちらでも良いと思います。上海と蘇州の弓は見分けがつきませんが、現地の専門家は「違う」と言います。しかし工場が違うぐらいの差しかありません。普及弓との違いは、素材が良くなっているというのもありますが、奏者により自由を与えているというところが体感的な大きな違いです。使いやすいというのは別の観点からは制限が多いとも言え、動きが限定されているから乱れない、その代わり、その枠から自由に動けないということを意味します。これは極端な説明なので、普及弓ががんじがらめということはありません。十分に自由ですが、ほんの少しのチューニング、ここが違うということです。
国産は、おそらく光舜堂しか製造していないと思います。これはものすごく使いやすい、最初は驚きますが、奏者は常に演奏技術の問題に直面しているので、非常に助けになります。余程上手な天才的な奏者(変わり者?)でない限り、99%以上の人がこれを求めると思います。もう一つは毛が非常に良いということです。松脂さえ適切なものを使えば生涯交換不要です。にも関わらず「毛が古くなってきたようだ。心配だ」と言われる方がたまにいます。光舜堂でも「使えるのに交換に出される」と嘆いています。ここでいう生涯交換不要は毛が変化しないという意味ではありません。むしろ古い方が良くなる筈です。新品とは変わってきますが、そもそもこういうものは滅多に手にするものではないので、我々も慣れていない。エージングを楽しむという観点からも優れたものです。
鉄弦と絹弦は同じ弓を使います。相性の違いはあるだろうと思われるかもしれませんが、ないと思います。しかし絹弦で二泉胡(中胡も同じ弦を使います)を演奏する場合は黒毛の弓を使う方が良さそうです。鉄弦なら白毛の弓、二胡用のものを転用するなどして使うと思いますが、絹弦の場合は難しくなると思います。二胡用の標準の絹弦も黒毛で演奏できますが、この場合は使い古した楽器の方が合うと思います。馬尾の白と黒は個性が違い、黒はこってりとした音が出るので、これはこれで1つの独特の表現があります。絹弦の太い弦は白毛では難しく必ず黒毛を使うと決めた方が良さそうです。
使用される馬尾は、現代は白毛が良いとされています。しかし白毛は生産量が非常に少ないので普通は栗色の毛が使われています。最高級の白毛はイタリア産でしたが、この種は欧州では絶滅しました。その前に北海道に輸出された後裔が残っていましたので、これを以て最高級、更にイタリアに戻して再生産もされているようです。有名産地は他にも幾つかあるようです。これはプロのバイオリニスト用のものです。一般にはモンゴル(中国産は主に内モンゴル産を指すのでモンゴル産というと外モンゴルのものになります)産の馬尾が使われています。これも限定的な産地のものは高額です。他にも甘粛、西蔵、欧州各国、カナダなどで良毛を産出しています。
しかし白毛・栗毛が一般的になる前は黒毛でした。黒毛は高価なので一般には花毛という黒茶色のものが多く使われています。非常に甘い音が鳴りますので、なぜ市場から消えていったのかわかりません。光舜堂で生産していますが女性に人気があります。しかもこれは真正の黒毛です。
バイオリンなどで使われる西洋弓はフランスのものが有名であったりするなど細部まで研究されて品質の高さを重視していることが感じられます。二胡弓は竹を使う消耗品なので西洋弓に比べるとそれほどではないようです。中国の弦楽器は、楽器そのものの段階で様々な規格のものがあり、西洋のように統一されていません。そしてそれぞれの楽器に合う弓、いろんなタイプがあります。中国の奏者は比較的どんな弦楽器もこなします。まず二胡から入って練習し、それから目的の弦楽器に移るという場合もあります。そのため、楽器と弓と奏者の完全なマッチングというのは考えていません。弓は大雑把に楽器に対応しているものであり、それに奏者が合わせるのが技術の1つであるという考え方です。お好みの竹が見つかったら毛替えをして大事にした方が良いと思います。竹は修理も可能です。
竹材には節があります。二胡弓は0~3節のものが使われます。基本は1節で、節が多くなると柔らかくなります。3節ともなりますと柔軟性があり過ぎてコントロールは困難となります。表現力があるとも捉えられますが、一時期流行っては無くなったりしています。節がないものは硬めとなり、初心者には扱いやすいとされます。しかし希少性から高価で、出費ほどには価値がないのでほとんど作られていません。無節とは言っても手持ちの部分には滑り止めも兼ねて節があるものがほとんどです。弓は握ってはいけない、触れる程度に持ちます。プロは掴んでいるように見えますが、実際には触れているだけという感覚です。そのためここに節を持ってきて滑らないようにしているものが多数あります。現代では弓自体の工作の進歩から、節の数は問題にされなくなってきました。工房がバランスを考えて選定しています。
中国二胡弓の現代の標準は83cmです。低音用の楽器に対応しては86cmぐらいまであります。それ以上となると長過ぎて持て余すようです。一方、短い方はというと現代弓中国製既製品ではせいぜい82cmぐらいだと思います。古典的な二胡では76cmで、現代でも京劇などで使用しています。これは全長なので、有効幅ではもっと狭くなりますから、1cm違うと結構な差があります。毛の固定部や手で持つあたりの寸法はどれも同じ、実際に弦に触れる長さはもっと短く、そこが1cmでも違うと影響があります。この有効幅でバイオリン弓と比較すると、二胡弓の80cmで同等です。バイオリン弓の長さは子供用のものを除けば規格がほぼ決まっていて74cmです。これと二胡弓80cmで有効幅が同じぐらいです。
こういうものはどのようなものでも大きく変化する境目があります。不思議なもので、限界点と言えるようなものがあります。長さは86cmが限界のようですが、これは技術的限界点で、それとは異なる別の限界点、高度な性能を維持する限界点もあります。二胡弓でのそのポイントは、79cmと80cmの間、ここで大きく印象が変わります。バイオリン弓の規格が決まっていく段階での考証でこの変化は認識されていたはずです。その上で80cmの方に置いたようです。二胡古典弓の76cm、現代の83cmはそこからプラスアルファを求めたものと考えることもできます。弓毛(馬尾)は両端で固定していますので、そこは硬くて弾力が減り、中央は安定しています。ですから、安定した音を指向するなら長い弓の方が自ずと有利です。しかし別の観点からは抑揚がない、とも言えます。そのため京劇のような音楽で長い弓では味が出しにくい傾向です。二胡で西洋の音楽であれば長い方が演奏しやすそうです。
どんな対策を採っても雑音が直らない場合がありますが、少し太い弓に換えると直ることがあります。一方、高域が出ない楽器の場合は、細い弓に換えるとバランス良く全帯域で鳴ることがあります。これは雑音と高域成分のどちらかか両方で、竹内部の反響が変に混じるためと思います。素材の相性が良ければ、適当に弾いても雑音は出ません。竹は中に空洞があってこれも様々なので単に外観の太さだけで一概に判断できないというところが判断の難しい要因です。また太さは位置によっても違い、天然物なので一定もしていません。そのため大雑把に太めとか細めと判断するしかありません。弓圧の強い奏者はこの問題に悩まされることはありませんが、それでも住宅事情を考えて常に大きく鳴らせないこともあると思うので、この問題は避けられないかもしれません。
二胡は使っているうちに状態が変わってきます。音色が変化してくるので割と簡単にわかります。相性が良いと思っていた弓も合わなくなってくることがあります。また我々演奏者側も変化しています。あまり神経質になると大変です。しかし弓が合わなくなってくるというのは、少ない問題なので大抵は大丈夫です。仮に合わない弓が幾つか出てきたとしても、それは数ヶ月後にはまた合うかもしれません。湿度と気候も影響があるので、合う弓が日によって変わったりもします。ですから、合わない弓をすぐに処分しないようにせねばなりません。使いにくいと思っていたものが自身の進歩で素晴らしいと感じるようになることもあります。