中国の伝統音楽でアンサンブルというのは歌唱を伴うか、あるいは打楽器のみであったり、冠婚葬祭でラッパを交えたものなどがあります。器楽のアンサンブルでしっかりした形式で残存しているものというと江南絲竹が代表的です。麗江がある納西族の音楽が江南絲竹のルーツとされています。
現在、納西族は古楽会を設立し、楽団と本拠のホールを運営する成功した文化団の1つになっています。麗江は有名な観光地ですので、この特質を活かし商業的に成功しています。しかしある学術雑誌が「納西音楽とは何物か?」という挑発的な論文を掲載し、古楽の保存ではなく商業的な演出に重きをおいた姿勢を批判したため、名誉棄損との告発で裁判に発展しました。だけどショービジネスというのは世界中こういうものなんでしょうね。納西古楽会の演奏を聞くと、100年以上前の原住民がこういう演奏をしていたとは誰も思っていないのは間違いない。だけど全然違うものを提供しているわけでもないので、論文で批判する程でもないように思えます。そしてこれが東南アジア音楽のルーツでもあるらしいとも感じられます。
これら東アジアから東南アジア一帯のアンサンブル音楽について挙げられる特徴は、骨格となる旋律をユニゾンで演奏し、楽器によっては装飾、または休止しては入れ替わりながら展開されるということです。すべての楽器が基本的に同じ旋律を斉奏します。装飾音を加えるとか音をより細かくして増やす「加花(jiā huā)」と音数を減らす「減字(jiǎn zì)」を多用、音色の違いによる重なり合いの厚みで聴かせます。和声で音を重ねていく西洋の音楽とは構造が異なっています。5度や8度の音程が異なる楽器を使ったりもするので和声的な音の相互関係が必ずしもないわけではありませんが、和声中心で聴かせるものではないので、旋律がより強い力を持っています。
以下の譜例では、加花と減字を例として一箇所だけ示しています。蕭譜と比較して音を増やしたり減らしたりしています。他にもそういう箇所がたくさんあるのがわかります。古琴が演奏されるようになったのは戦国時代からですが、やがて漢代には琴と蕭で合奏されるようになり、かなりの譜が見つかっています。查阜西によって研究され録音も残されています。写真は50年代に北京古琴研究会で簫の溥雪斋と演奏しているところです。簫で合わせられるなら二胡でもいけるだろうということで、查阜西が蒋風之と残した録音 鴎鷺忘飢もあります。
全体で同じ旋律を演奏するといってもタイミングをずらして演奏する技法もあります。奏者が2人しかいない場合でも同じ旋律を2人で演奏し、時間軸がずれている演奏というものがあります。これはフーガのようなものではなく、意図的な誤差のようなものです。一方で完全に合わせなければならないものもあります。京劇の伴奏がその一例です。京胡に対して月琴は完全に同じ旋律をなぞらなければならず、それは装飾音も例外ではありません。音は完璧にタイミングを合わせて重ねる必要があります。
西洋の場合であれば管弦楽曲においては特に、部分部分でそういうことがありますが、完全にユニゾンで通すことは稀です。モーツァルトのある譜を見ると合唱パートに注記があり、トロンボーンをユニゾンで重ねるようにとあります。しかしソプラノだけは重ねておらず、他の3声部に指定があります。ユニゾン独特の美が東西を問わず好まれていたことがわかります。
中国音楽を複数人数で演奏する場合はこういった伝統を理解しておく必要があります。中国音楽が和声を使わないわけではなく、5度と2度(7度? 9度?)は時々使われます。2度は不協和音ですが、装飾音のような感覚なのか割と好まれる傾向があります。3度はほとんど使わない傾向です。ということは対位法の概念もないということになります。和声はあっても和声の概念はないので、1つの旋律線が骨子となってそれに時々脇道に逸れたようなものが伴うのみということになります。それで絲竹(管弦楽)譜の中には1つの声部しか書いておらず、注記として笛子、二胡、三絃、琵琶で演奏されるといったようなことが書いてあるものがあります。譜を見てどのように演奏するかは各奏者の裁量に委ねられます。しかし過ぎ去りし巨匠たちの演奏を記譜、各声部を分けて記載してあるようなものもあります。この例でおそらく最も有名なものは沈鳳泉による二胡二重奏「慢三六」です。沈鳳泉が第二声部を演奏し、娘さん(沈多米 上海民族楽団)が第一声部を演奏したmp3があります。譜の方はかなり行き渡っていますので容易に入手できます。この譜は3度で重ねています。調弦が3度ずれている楽器を使うので楽器の用意に工夫が必要です。この作品はそのように決まっているので変えられませんが、別の作品の場合、5度とすればニ泉胡か中胡で大丈夫ですが、これだけでも厚みのある演奏はできると思います。