開放弦を演奏する時に上げ弓と下げ弓で音程が変わることがあります - 二胡弦堂

 


 まずこれを異常と断定した場合から考えてみます。弓の擦る方向で音程が変わるということは弦の振動が変わってしまうということが考えられるので、千斤の弦と棹の間隔を短く調整すれば安定する筈です。演奏技術を疑うのはあまり現実的ではないように思えます。力の入れ具合にムラがあって音量が変化するとしても音程は変化しないだろうと思うからです。それに多くの場合、開放弦でしか問題がありません。しかし弓の圧力が相対的に高ければ、弦の振動が安定しやすいので、空弦においても音程の問題が発生しにくくなるだろうとは思われます。

 音程は弦の太さや長さ、張力で決まっています。それゆえ条件が一致していれば、どの楽器も同じ音程が出るということになります。弓の拉く方向で音程が変化することは理論上はありませんが、実際に正確な音は出ているものの、その音が聞こえないということはあります。音が出ているのに聞こえないというのは一見訳のわからない話ですが、二胡はかなり混濁した複雑な音を出すので、ある波長の音がプラスとマイナスで同時に音を出すとキャンセルされてその音は消えます。音の聞こえ具合は楽器からの距離によって違ってきますので、音程がおかしいと思っている楽器は遠くで聞くと正確ということもあります。チューナーで正確に音程を合わせた筈なのに合奏すると合っていないということがありますが、これはチューナーがいろんな音を拾って迷っている状態で調弦しているからです。安価なチューナーは使えないという老師は多いですが、これは二胡がいかに複雑な音を出すかということと関係があります。音の出方には弦の振動が関係していて、これが拉弓(la-gong:下弓)と推弓(tui-gong:上弓)で違いますから違う音程が出ているように聞こえるということがあります。

 他の国の楽器はどうでしょうか? バイオリンは空弦でも非常に音が安定しています。もし二胡も千斤を締め上げ、弦と棹が触れるぐらいまで近づけると音程が安定する筈ですが、そういうことはしていません。韓国の二胡でヘグムというものがありますが、これは開放弦を使いません。中国二胡はなぜ中途半端なのでしょうか?

 二胡の空弦は独特の音が鳴ります。根音と倍音のどちらも同程度に聞こえます。二胡の空弦の特色は中国伝統音楽を演奏する場合に必要であって、これをいかに扱うかが東洋拉弦楽器の大きな特徴の1つにもなっています。積極的に多用する程です。これが日本に渡ってきて、三味線のサワリなどに発展したのだろうと思います。しかし二胡で西洋音楽を演奏する場合は空弦は極力使わないようにする方が好ましいかもしれません。

 ここでは「二泉映月」の冒頭を例に考えます。第3,5小節の頭はどちらも3.-5となっていますが弓の拉く方向が違います。5はいずれも空弦で第3小節は推弓、第5小節は拉弓となっています。同じ空弦の5ですが、全く違う音を拉いているように聞こえる場合もあればそうでもないこともあります。楽器の個体によって感じ方が違ってくると思いますが、いずれにしても軽く拉くので違いが明確になりやすくプロの演奏でもはっきり違う音だと感じられる時があります。修正が必要でしょうか? 決してそんなことはないのは、お聞きになってわかると思います。もしここで開放弦を使わなければ、独特の幽玄さは出ないと思います。