フォーマル - 二胡弦堂


 演奏は音を提供するものですが、しかし直接関係がない外見も多くのメッセージを与えます。音で伝えたい事柄と視覚で得られるものの印象が乖離していたら、聴衆はそこから整合性を探すようになります。ですからできれば全体として一貫していたいものです。そして関係がない無駄な情報を提供せず、シンプルに徹することも重要です。本来、タキシードなどのブラックフォーマルはそのような場のために作られたものではありませんが、女性より目立ってはいけないという原則から黒子になるために作られたものなので、演奏だけでなく、サービス業や様々な職種で原則が応用されています。音そのものだけで良い、何がしか演奏者の存在がバイアスを掛けてしまうと肝心な音に集中できないので、そのためにフォーマルやブラックは必要なものです。ダンスホール?のようなところでは、光の色彩を多用しますが、それでも暗いところが多いのは必要な情報に意識を集中させるためです。音にだけ目を向けたい場合、黒、闇について考えなければならないのかもしれません。

 古代美術の優れた最も古いものの一部はエジプトにありますが、使われている色彩はそれほど多くはなく、金、そして青と赤です。赤は省いてもデザインとして成立します。そこから青を省くと全て黄金となります。ですが、古代エジプトにおいてこのようなものはほとんどありません。しかし、青のみ、さらに黒を使ったものであればあります。単色で成立するのは青ぐらいです。優れた色彩感覚を持っていたパブロ・ピカソは若い時に青に惹きつけられ、ある時代の作品群は「青の時代」と定義されています。これは特殊な感覚ではありません。器が黄金なら祭祀用、特殊なものになります。朱の漆ならこれは無難でしょう。しかし多くの人を惹きつけているのは青磁です。宋朝は国家予算を青磁の開発に費やして滅亡したとされています。呉須は青です。質の高いペルシャ産が珍重されていました。青色ダイオードを発明した人はノーベル賞を受賞しました。確かに凄い発明なのでしょう。しかし驚異的な発明は他にもたくさんあるのではないでしょうか。なぜ青に光らせただけでノーベル賞? それぐらい青の光というのは人々の生活を変えたからです。世界を美しく彩ったのです。これが他の色であれば決して賞賛はされなかったでしょう。

 ジーンズは藍でなければ世界に広がらなかったでしょう。藍は人類最古の染料です。ウール、シルク、コットン、リネン、どのような素材にも染まります。深い青は大量の染料と染色回数を要するので高価でした。ほとんど黒に近く染め上げたものは日本では上流階級の生地として正倉院に多数保管されています。黒は青をさらに上質にしたものでした。黒を得るためには藍のみか、或いは赤も混ぜていましたが、いずれにしても青がベースでした。

 4世紀のニカイア公会議以降のキリスト教世界が黒を採用したのは、キリストの死を記念するミサをより高貴なものとするためでした。19世紀の植物学者で色彩豊かな図鑑を出版していたロンドン・キングスカレッジの教授フレデリック・エドワード・ヒュームによると黒は「イエス・キリストの啓示が与えられない魂の闇」を暗示する色として6世紀から使用されました。14世紀に至ると「死を連想させる色」としてさらに広まりました。これは実際にはおそらく濃紺だったでしょう。現代の合成染料のような完全なブラックではなかったと思われます。その概念の由来は、聖書の黙示録6章に記述されている黒と青です。6:5には秤を持った騎手の乗る黒い馬が描かれています。これは飢饉を予告したものです。続いて6:8には、青白い馬が現れます。騎手の名は「死」で墓がすぐ後ろに追従しています。濃紺は黒でも青白(馬革ですから青白というより紺だったでしょう)でもありませんが、このどちらの印象も備えています。

 1603年、英女王エリザベス一世の葬儀の頃までに、黒は喪服の色として定着しました。それ以前や庶民は、染色していないウールやリネンを使っていました。染色していないものを喪服として使っていました。一方、黒は何度も染色を重ねたものでした。黒の葬列はそれだけで豪華なもので、庶民には経済面の壁だけでなく、1300年代以降「奢侈禁止令」という法律で禁じられてもいました。しかし人々はしばしば法律を犯すようになり、喪服も取り締まりの対象となりました。彼らは強い憧れから葬儀で規定を踏み越え、罰金を支払う方を選ぶようになりました。やがて19世紀には生地の生産が機械化され、合成染料で比較的低コストで黒が出せるようになると法律が緩和され大きなビジネスとなっていきました。葬儀のマナーはこの時代に商人たちが作ったものでした。

 「葬儀で黒」というのは故人を哀しむというよりも、生きている人のためのようにさえ感じられます。日本で黒ネクタイは葬儀で身につけますが、欧米では結婚式でも使用します。どちらかというとパーティー用です。タキシードもそうです。彼らは何より女性が第一なので、着飾った女性、配偶者の後ろに立ち、自身は黒子となることで彼女を引き立てるという目的もあります。欧米人の夫婦に会うと、必ず女性の方から握手ハグします。黒の中の黒現代でも亡き人を主役としてその黒子となる意味合いはありますので、葬儀では女性でもブラックに身を包みます。ですがその感覚は貴族文化、あるいはその憧れから派生したものです。

 黒は藍の上位という位置付け、昔からのその概念が今でも残っていて現代でも黒はよりフォーマルです。黒は青を濃くした色です。青は黒に通ずる特徴から基調色にふさわしいのかもしれません。海や宇宙の色です。現代でも生地で漆黒というのは得難いようで、よく見られるのはブラックを明るい所で見ると茶色が感じられるということです。これを避けるため、少し藍に寄せたものも織られています。ブラックは赤の染料を強くせねばならないのかもしれません。これが表に出るのは好感されず青なら良いので、少し控えたものも作られているようです。英国生地はどのようなものも青みがかっているものが多いとされます。染色に関しては日本は優れているとされ、兒玉毛織が真っ黒を生産しています。ラベルには「黒の中の黒」と記載されています。

 ジョッブスは黒のタートルネックで肌の露出を抑え、カジュアルにも関わらずそこからフォーマル感を出すことでIT界のアイコンとなりました。