
中国は漢代(1世紀)には既に鉄鋼を開発していましたので、日本へもかなり初期から人や技術の伝播があったと考えられています。現存しているとされるものには極めて初期の「草薙の剣」があります。これは日本書紀などの伝承によると、ヤマタノオロチを倒した時に得られたものだとされており、その場所は出雲です。この地域は今でも刃物用鉄鋼を生産しています。
鉄は錆びますのであまりに古いものは失われていますが、中国のものでは明代ぐらいのものであれば現存するようです。当時のたたら遺跡を調査すると品質はあまり一定していなかったようです。大量生産のため、たたらが巨大になり過ぎていた可能性があるのではないかとされています。1950年代の大躍進でも、中国全土の鉄製品を集めてたたらで溶かす運動が行われましたが、この時のたたらの高さは高いもので10mほどだったようで写真も残っています。煙突には「超美(米国を超える)2号」とあります。明代のたたらもこれぐらいになっていた可能性が高く、高度な技術が継承されていなかった可能性もあり、日本から刀を毎年大量に輸入していました。出雲は大量生産のシステムを開発し供給したようですが、そのようなものでも満足されていたということは大陸の水準がそれほど高くなかったことを示しているようです。清代の武器で現存しているものは銅剣が多く、鉄は限られたところで使われていたようです。スウェーデン鋼は1866年ぐらいから始まって67年には20万トンほど、最盛期の1891年頃には170万トンほどが輸入されていました。日本も同時期に輸入していますが日本は洋鋼の方が安いから、中国は質が良いからという理由で購入していました。
現代でも質の高い刃物用鋼は出雲製(砂鉄の精製)かスウェーデン鉄鉱石(鉄の塊が出てくるので必ずしも人工の精製は必要ない)になるようで、中国は工具鋼の転用です。工具用鉄鋼と刃物用は質が異なります。下記表の最初の3行は中国鋼で、続く灰色の2行は日本の工具鋼です。鋼の主要成分は5つで、炭素が多ければ硬くなり、リンと硫黄は少ない方が良いとされます。数値はすべて%で、記載以外は主要成分の鉄に微量の不純物です。中国は炭素量をあまり上げない傾向です。古墳からの出土品の調査では斧には炭素量0.2%ぐらいのものを使用して、より鋭利なものには1%ぐらいのものを使用するなど適材適所で使われていました。中華料理においては肉骨をぶった切るようなこともなされるので炭素が多いと刃こぼれなどのリスクがありそうです。炭素は0.6%を超えると硬度は大きく変わらないとされているので、また抑えるとコストも大幅に下がることもあり、中国ではこれぐらいが丁度良いという考えのようです。
日本の刃物鋼では炭素量が高い安來鋼(現代出雲鋼)が生産されており、ラベルの色分けで黄紙、白紙、青紙があります。日本料理は繊細で生モノを扱うことも多いためか、多少脆くなろうとも切れ味と長く切れる効率の両方が重視されるようです。本職が一日使ってもまだ切れる鋼材が使われます。
そこへさらに青紙ではステンレス系の不純物を僅かに添加することでさらなる硬度を得ています。
これら現代鋼に対し、古来からのたたら作りの成分も比較されており、漢代、明代の中国たたらの遺跡からの成分を大陸の研究者が明らかにしています。日本では近代以降の出雲たたらの成分がWikiに公開されています。この優良な部分を主に「玉鋼」と呼んでいます。5大元素のうち、炭素以外の4つの数値が非常に低いことがわかります。古来より日本刀に使っていた鋼材ですが、これではすぐに折れるので、同じたたらから採れる炭素が0.2%ぐらいの包丁鉄と呼ばれる柔らかい鋼材を刀の心材に入れて強化していました。和包丁は片刃ですから、硬い鋼材と柔らかい鋼材を抱き合わせます。玉鋼は刃持ちの良さは青紙のようで、食材に対する感触は白紙のように柔らかいとされます。手間とコストを度外視すれば玉鋼が現代でも最良のようです。また鋼材の見た目も美しく、日本刀の美はどうしても玉鋼でなければ出せないとされています。
続いて最後にはステンレスの成分で中国が3種、出雲の銀紙を比較しています。中国で一般に使われているステンレスは炭素量が異常に低くすぐに切れなくなりますが、安いので使われています。高級品には中国で生産している440Cが使われますが、これも硬度は低いとされます。日本には銀紙よりも硬い鋼材があって包丁、ナイフに使われますが、白紙の純粋な炭素鋼の良さに極力近づけた銀紙が主に本職に使われています。
これが鋼材に関する概要です。戦後日本でも中華包丁が作られるようになり、これには安来鋼が使われています(安来鋼は1915年生産開始)。そうであれば、大陸製よりも日本製の方が良いように思えますが、そう考えない料理人も一定数います。安来鋼にしても白紙と青紙ではその違いはクロムとタングステンを添加しているかどうかだけで、それぐらいでずいぶん感触が変わってきます。黄紙、白紙3号のようなものも成分はほとんど変わりませんが、まずわかりやすい要素として価格が大幅に違います。それぐらい非常に繊細なものですから、中華包丁は日本製とは異なる、料理の味までもが変わってくると考える料理人もいます。鋼材の優劣を超えたところでの判断というものがあります。鋼材の成分からはある程度の違いを確認できるのみです。それでも中華は基本的にはステンレスは避けた方が良い、古いものはまた評価が変わりますが、ここまで拘ってどうしても中華包丁ということであれば現代では鋼一択になる筈です。錆びやすいのは他の鋼と同じなので取り扱いには知識が求められます。
| 炭素 C | ケイ素 Si | マンガン Mn | リン P | 硫黄 S | クロム Cr | タングステン W | 銅 Cu | ニッケル Ni | |
| T8碳素工具鋼 | 0.75~0.84 | ≤0.35 | ≤0.40 | ≤0.03 | ≤0.02 | ≤0.10 | ≤0.20 | ≤0.12 | |
| T10碳素工具鋼 | 0.95~1.04 | 0.17~0.37 | 0.35~0.65 | ≤0.03 | ≤0.02 | ≤0.10 | ≤0.20 | ≤0.12 | |
| 65Mn | 0.62~0.70 | 0.17~0.37 | 0.5~0.8 | ≤0.04 | ≤0.025 | ≤0.25 | ≤0.25 | ≤0.25 | |
| SK-3 | 1.00~1.10 | ≤0.35 | ≤0.35 | ≤0.03 | ≤0.03 | ||||
| SK-5 | 0.80~0.90 | 0.10~0.35 | 0.10~0.50 | ≤0.03 | ≤0.03 | ||||
| 白紙3号 | 0.80~0.90 | 0.1~0.2 | 0.2~0.3 | ≤0.025 | ≤0.004 | ||||
| 黄紙2号 | 1.05~1.15 | 0.1~0.2 | 0.2~0.3 | ≤0.03 | ≤0.006 | ||||
| 白紙2号 | 1.05~1.15 | 0.1~0.2 | 0.2~0.3 | ≤0.025 | ≤0.004 | ||||
| 青紙2号 | 1.05~1.15 | 0.1~0.2 | 0.2~0.3 | ≤0.025 | ≤0.004 | 0.2~0.5 | 1.0~1.5 | ||
| 白紙1号 | 1.25~1.35 | 0.1~0.2 | 0.2~0.3 | ≤0.025 | ≤0.004 | ||||
| 青紙1号 | 1.25~1.35 | 0.1~0.2 | 0.2~0.3 | ≤0.025 | ≤0.004 | 0.3~0.5 | 1.5~2.0 | ||
| スウェーデン鋼 | 1.42 | 0.2 | 0.26 | 0.011 | 0.015 | ||||
| 炭素 C | ケイ素 Si | マンガン Mn | リン P | 硫黄 S | クロム Cr | タングステン W | 銅 Cu | ニッケル Ni | |
| 漢代たたら遺跡 | 1.288 | 0.231 | 0.017 | 0.024 | 0.022 | ||||
| 明代たたら | 0.5~2.5 | 0.01~0.017 | 痕跡 | ||||||
| 砥波たたら(最上鋼) | 1.33 | 0.04 | 痕跡 | 0.014 | 0.006 | ||||
| 砥波たたら(玉鋼) | 0.89 | 0.04 | 痕跡 | 0.008 | 痕跡 | ||||
| 伯耆国近藤家(白鋼) | 1.43 | 0.022 | 痕跡 | 0.011 | 痕跡 | 痕跡 | |||
| 伯耆国近藤家(鋼) | 1.10 | 0.019 | 痕跡 | 0.018 | 痕跡 | 痕跡 | |||
| 伯耆国近藤家(頃鋼) | 1.84 | 0.021 | 痕跡 | 0.021 | 0.006 | 痕跡 | |||
| 伯耆国近藤家(玉鋼) | 1.23 | 0.01 | 痕跡 | 0.009 | 痕跡 | 痕跡 | |||
| 靖国たたら(玉鋼 鶴) | 1.42 | 痕跡 | 痕跡 | 0.013 | 0.007 | 痕跡 | |||
| 靖国たたら(玉鋼 松) | 1.17 | 0.02 | 0.02 | 0.032 | 0.008 | 0.01 | |||
| 靖国たたら(包丁鉄) | 0.26 | 0.03 | 不検出 | 0.022 | 0.004 | 0.01 | |||
| 日刀保たたら(玉鋼1級) | 1.36 | 0.03 | 0.01 | 0.029 | 0.0026 | 0.01 | |||
| 日刀保たたら(玉鋼2級) | 0.85 | 0.013 | 0.01 | 0.025 | 0.0036 | 0.01 | |||
| 日刀保たたら(玉鋼3級) | 0.31 | 0.02 | 0.004 | 0.021 | 0.007 | ≤0.01 | |||
| 炭素 C | ケイ素 Si | マンガン Mn | リン P | 硫黄 S | クロム Cr | タングステン W | 銅 Cu | ニッケル Ni | |
| 3Cr13ステンレス | 0.26~0.35 | ≤1.00 | ≤1.00 | ≤0.035 | ≤0.030 | 12.0~14.0 | ≤0.60 | ||
| 4Cr13ステンレス | 0.36~0.45 | ≤0.80 | ≤0.80 | ≤0.035 | ≤0.030 | 12.0~14.0 | ≤0.60 | ||
| 440C中国 | 0.95~1.20 | ≤1.00 | ≤1.00 | ≤0.035 | ≤0.030 | 16.0~18.0 | ≤0.60 | ||
| 銀紙3号 | 0.95~1.10 | ≤0.35 | 0.6~1.0 | ≤0.03 | ≤0.02 | 13.0~14.5 | |||
| 強度 | 耐力 | 靭性 | 耐低温 | 切削性 | 耐候性 耐食性 | 耐候性 | 強度 靭性 |
王麻子は北京の老舗で、創業は清朝順治八年(1651年)、老字号の指定を受け、中国政府より無形文化遺産として登録されています。2020年5月に広東省の企業に買収されました。
本品は80年代のもので、XXXXとの記載があります。Xはおそらく爆弾の意味、軍用の砲弾に供給されていた鋼材を使用していることを示しています。最良の材料は優先的に軍への供給でしたが、それを包丁に使った高級品ということです。
小店の方で天然砥石を使用して研いであります。


