清末にタイ王族へ表面を磨いて鏡面に加工した茶壺が納入されるようになり、これが民間でも受け入れられ、90年代ぐらいまでですから20世紀の間、出荷され続けていました。しかしタイに輸出されていたのは把手が蓋の上部にある日本式の急須のようなもので、大きさも日本のように大型、把手は真鍮などが使われていました。ですから、ここに見られるような中華式の小型のものはかなり数が少ないものでした。しかし80,90年代に台湾でも求められるようになり、こちらには中華式を輸出していました。「貢局」「鼠印」は台湾への出荷分にも押印されていました。泥はこの2種でした。
貢局茶壺 約100cc ¥25,000
初期のもので「ラーマ5世」の款もあったとされていますが、最初期から「貢局」の款も使われていました。またラーマ5世の娘が鼠年に生まれてから「鼠印」も使われるようになりました。
朱泥はかなり鉄分が多く見られます。底や内部は磨かれておらず自然な泥が露出しています。カボチャ型の小型のものです。青灰泥のものはおそらく緑茶で使われてきたのか、少し使用痕跡が残っています。当たり(擦れ?)も1つあります。これは90ccぐらい,100ccもないぐらいです。いずれも単孔で新品のステンレスの網が付いています。







