清代中期の朱泥です。
七孔です。中国の古いものは単孔がほとんどなのですが、高級茶は若芽となりますので民間では大きめの葉となることで、流通していたものが単孔になるのはこのような理由と考えられます。下の写真の例は現代のものですが、すでに明代からこういうものがあり、写真例はそれを復刻したものです。正式な名称はなく梅花とか銭関係の名称で呼んだりされています。色々な意匠のものがあり、それでも七孔が一般的のようです。

泥は清代の朱泥ですが、調砂してあるためか冴えない表面です。最初は外山料だと思ったのですが、輝きが出てきますので本山の泥でしょう。また日本製でもないということになります。泥の質がかなり良く旨い茶が淹ります。緑茶のために作った筈ですが、紅茶との相性が非常に良い傾向です。
紅茶を何回か淹れて出涸らしを捨てて濯ぎます。乾燥させてから蓋をして置いておきます。1週間後にもう一回使おうと思って開けて匂うとまだ紅茶の香りが残っています。普通ではこのようなことはありません。そこで閉めてもう少し放置することにします。3週間経っても残っています。閉めているからというのもあると思うのですが、普通は乾いてない状態からすでに匂いません。古いものに関しては段泥も同じく香が結構残ります。そして湯が非常に染み込むのも同じです。水分が泥にかなり浸透します。結局、こういうのが昔に好まれた泥なのでしょう。全部がそうだとは言い切れませんが。そうすると同じ茶しか淹れられないのでしょうか?「一茶一壺」と言う概念、1つの茶壺に1種の茶しか使ってはいけないというのは、おそらくここから来ているのだと思います。残留した匂いは一回湯を注いで捨てると消えますから気にしなくて良いようにも思うのですが、1回淹れただけでこのように香るのです。1つの茶葉で固定した方が良いのかもしれません。しかしうちでは染み込みの強烈な段泥で何でも淹れているし、そうやって何でも染み込ませた方が何でも旨くなるのです。どちらでも良いように思うのですが、こういう傾向について参考にしてみて下さい。
裏は「大清貢品」とあります。宮廷に収めていたのでしょうか。わかりませんが、この時代で七孔なので高級品の部類だったことは間違いないでしょう。日本向けの輸出品の可能性の方が高いですが、そうであればよく知られていない銘よりもこの方がわかりやすかったためと思われます。貿易売買品ではなく、日本の支配層への贈答品だった可能性があり、その中で検査に落ちて本国に残ったものかもしれません。
表面は「泥絵」というもので、違う色の泥を使って描きます。下の盆栽用の鉢にも同じような技法で描いてあります(写真はクリックしたら拡大します)。清中期に多い傾向です。幕末ぐらいです。
¥85,000
把手は現代の新しいもので古いものではありません。
容量は約200mlです。





