抱翁堂製 明代成化蓋碗と杯(2代) - 二胡弦堂


 景德鎮・抱翁堂の白磁蓋碗と杯2種を入荷致しました。モデルチェンジが多いので以前とは違うものが入荷しています。最初の2つの写真は抱翁堂のオフィシャルのもので、薄胎が強調されているのは大陸市場の要求を反映してのことです。

 様式だけでなく胎の泥も変更したようで以前は青みがかっていましたが現行のものはより真っ白になっています。薄胎であることには変わりないのですが、地の色が異なると茶水の印象も変わってくるように思います。容量は以前の100ccに対して現行は150ccで大柄です。潮州でよく見かけられる様式の蓋碗で、杯も鳳凰単叢専用のものが用意されています。単叢用杯は少し厚手で、縦長のため杯の中に物理的深みを感じます。これも潮州様式ですが、杯に関しては単叢以外の茶用のものも製作されています。

 単叢は茶葉が大きく長い特徴があるので、蓋碗も深みのあるデザインが好まれる傾向です。これに顧客を招いた時などは贅沢に蓋が閉まらないぐらいに茶葉を投入してから湯を注いで蓋で沈めて収めます。例えが悪いですが、パスタを鍋に突っ込んで沈めるのに似ています。そのような蓋碗のデザイン的特徴から杯もそれに合わせたものが多いのかもしれません。あるいは逆で、杯を深くすることで飲んだ後の残り香が保ちやすくなります。浅くて広口だと香りが飛んでしまいます。この杯とのバランスから蓋碗も縦に深みのあるデザインになったのかもしれません。おそらくは両方なのでしょう。

 泥を使って茶の味わいを高めていくことと、薄胎を使うことで茶器からの干渉を抑えるという、異なる概念が同時に受け入れられているのはどういうことなのでしょうか。どちらか一方が正しいと考える茶人は大陸にはいない筈です。かつての宮廷での高級茶はそのままの味わいをストレートに引き出した方が良いことから製造が困難であっても薄胎が作られ、しかし釉薬の質には非常に注意が払われていました。一方、庶民は安価な茶を淹れたりするので泥に力がある方が良かったかもしれません。しかし一般に段泥は茶そのものの潜在力をそのまま引き出します。不思議なもので、強くポテンシャルを引き出す様は恣意的なようにも思うのですが、そういうものは全く感じさせない、あるがままの自然を保ちます。ですから相反するように見えても、どちらもバランスよく考慮されます。そこで抱翁堂による潮州系の蓋碗と杯を見ると、蓋碗は薄胎なのに杯は厚手です。薄胎は香りが立ちやすいでしょうし、厚みのある胎は味を引き出します。そして残り香まで考えられています。であれば、この単叢用の杯は岩茶、烏龍茶にも合いそうですが、そこは必ずしもうまくいくわけではありません。難しいところです。一般用の杯の方が良いでしょう。そうでなければ、台湾にはなぜ聞香杯というものがあるのでしょうか。これについて念のために説明しますと、茶を聞香杯という縦長の杯に注ぎ、そこから幾分広口の杯に移します。それを飲み、香りは聞香杯から楽しみます。2つも用意するのは面倒なことですが、そのようにされることがあります。潮州式では合わないから分けたのでしょう。実際に試すとそれぐらい合わないものです。蓋碗は単叢以外にも使えるのでこれは良い、そのため他の茶用にも杯を用意しているのですが、杯に関しては単叢用は単叢専用と考えるのが無難です。ですから抱翁堂も単叢用だと明確にしています。宜興の茶壺で単叢を淹れても杯は単叢用ということになります。鳳凰単叢で実際に試してみると、杯を替えただけで全く違う茶に感じられるほど違いがあります。価格が倍ぐらい違う茶のような錯覚さえありますが、しかし材料は同じで造形と厚みが違うだけなのです。単叢のもっちりとした甘味が専用杯でなければ感じられません。

 中華の場合、茶市場がかなり大きく、品質面では供給が安定的ではありません。そのため小店でも一時的に良いものが入れば販売していますが、それがなくなると次がないという、良茶のハンティングに追われ、大陸でもそのようにしている茶人は多いです。これは今後も続けますが、日本茶のように非常に安定的に優れたものが安定した価格と量で供給されているものはそんなに多くありません。貧富の差が激しいところなので面倒がりな人たちは金で解決、ほとんど経費ですから本当の良茶は価格が青天井、これが台湾にまで影響を及ぼして、以前のようにそこそこの価格での優れた烏龍茶は見出しにくくなっています。市場が混乱しているように見える中で流行も仕掛け、我々も面白がってそこに食いついたりもするのですが、しかしまあ、疲れるところです。すべてがそうではなく、これらの影響を受けずに小規模な市場で回されているものも少なからずあります。陸の孤島と化している潮州はその例外の1つです。潮州茶の素晴らしさは市内にスターバックスが進出できないと言えば十分でしょうが、これが外地の人間には分かりにくい、北京で単叢を飲んだら白湯ですから。ちょっとは香りますがね。そんな状況なので良茶が非常に狭い範囲で消費されていますので、供給は安定的です。そこで小店では台湾烏龍茶にしばらくは見切りをつけ、潮州烏龍茶でいきたいと、これは在庫を極力切らしたくないと思っております。高級茶は古茶なので小店でもできれば販売しない茶を取り分け放置して単叢を好まれる顧客に供給できるようにしたいと思っております。そのため鳳凰単叢専用杯も在庫を極力切らさないようにする計画です。

 蓋碗と杯を収める方法は写真を参照して下さい。茶托に蓋を置いて杯を乗せ、椀を被せます。杯は1つしか入りません。写真例のすべて収めた様子は中に単叢用の高さのある杯を淹れているので椀がわずかに浮いていますがわからない程度です。安定を失うことはないのでギリギリで設計したものと思います。保管状態でも釣鐘式の美しい造形が楽しめます。

 杯2種を並べて比較していますが、色合いは上から見た方が実物と同じで、単叢用は厚いので真っ白です。左の細長い方が単叢用です。

 以前は木箱に収めていましたが、やがて箱自体をやめたようで、そういうパッケージ類も含めてその他の付属物は全くありません。現実主義の大陸だから、ゴミになるものは要らないという意見が多かったのでしょう。価格は蓋碗の方は大きくなったためか上がっていますが、杯は値下がりしています。以前とは薄さはあまり変わっていません。新しいものは口が広がっているので、指で杯を摘んだ時に熱が指に伝わりにくく以前よりも使いやすくなっています。

 最後に、ガラスという選択肢も考えたいのですが、ガラスもあまりに安いのは不純物が茶の味を損なうとされます。それで専門メーカーのは値が張りますが、そういうものに行きます。使い勝手も良いです。だけど影響が完全にゼロだったらそれでいいのでしょうか。薄胎白磁は極力ゼロに近づけるために薄くなっています。しかしそのことによって香りが立ちます。これはゼロではなくプラスです。しかし茶葉の本質を看ることを邪魔するものではありません。だから引き出されても良いものもあるということです。その方がわかりやすいものです。そう考えると明代の宮廷が白磁の釉薬にどうしてこだわったのかがわかります。茶の本質を引き出すために考えられたものなので、ガラスよりも明らかにアドバンテージが有り、試茶をするにも普段使いで本来の茶葉を味わうにしても薄胎白磁の方がより良いということになります。そこでまた変な白磁を使うとおかしくなるので抱翁堂にお任せしているわけです。

    蓋碗一式  満杯 150cc   ¥20,500

         満杯 45cc   ¥10,500

    杯(単叢用) 満杯 30cc   ¥10,500