楽器の寿命 - 二胡弦堂


京胡、古楽器  バイオリンが数百年使用できる名器が存在するのとは対照的に、二胡はせいぜい人間の寿命ぐらいだと言われています。しかしこれは考え方の違いで実質はどちらも同じです。バイオリンは定期的に補修され、名器は所有者履歴と共に修理履歴も保存され継承されます。二胡は人と共に成長し老化して朽ちてゆく、しかし朽ちるのは蛇皮ぐらいです。

 楽器は演奏者によって影響を受け、良くも悪くもなるとされていますので、バイオリンの名器は誰が保有するのかまで管理されています。所有者は国家、銀行、財閥などで、選ばれた人に貸与されます。二胡の古楽器もかなり所有者の癖が乗っています。名人の楽器は価値がある筈です。しかし相応しい継承者の手に渡らなければ魅力を失います。しかし二胡には継承という考えはほとんどありません。その人独自の音を育てるという考え方です。

 バイオリンの名器は現代では製造できないので継承は必要ですが、二胡はそうではないのでここで考え方の違いがあるのかもしれません。しかしバイオリンは昔と遜色ないものが作れるようになっています。それでも、自然環境の問題でどの楽器も材料調達が困難になってきているので、いずれ二胡も継承が考えられるようになるかもしれません。

 では、京胡はどうでしょうか?竹でできており、いかにも寿命が長そうにありません。このページの写真の京胡は古いですが、80,90年ぐらいしか経っていません。それでも十分に寿命と見なせる年齢です。酷使されて松脂が飛び散り、黒くなっています。この京胡は所有者が、京胡制作家・韓文徳で、元は北京戯曲学校副校長・徐蘭沅が作った琴だったということです。梅蘭芳専属の琴師として、多くの名場面を創造し、「六場通透」(あらゆる場面に精通の意)と言われた人です。この人は自作の工房から販売もしていたのでそのうちの1把だと思います。そこから買った人がいて、かなり酷使されています。そのため棹は一度交換されています、弓毛の当たるところがすり減ったためと思われます。それでオリジナルを留めているのは筒だけということになります。古い物としては珍しい湘妃竹の弓も華奢なものですが、どれも全く問題なく使えています。

 音は、現代的基準の音作りではないような気がします。華と毒が混在しているような・・・魔琴ともいうべきサウンドです。魅惑的で棘はなさそうに見えるのですが、危険なオーラを秘めています。何でしょうね、これは、優秀とは言えない琴だと思います。どちらかというと、不良と言っていいと思います。現代の価値観に相容れないと考えれば、もう老化したスクラップでしょうし、別の見方をすれば十分現役です。皮は韓氏が貼り替えたのではないかと思います。徐蘭沅は韓文徳に技術指導したのかもしれません。その時に、手本として1把受け取ったものである可能性もあります。世の価値観は変わっていきますが、良いものの価値は不変なので、こうして受け継がれているのはうれしいことです。