加花と減字 - 二胡弦堂

 


 現在の中国は西洋の様式を取り入れることもあるのでいろんなものがありますが、かつては大きな編成の西洋式楽団はありませんでした。西洋のアンサンブルは和声を使うので中華においても五声式和声という五音階に合わせたもので作品が作られることもあります。しかし、かつてはそういう概念はなく、すべての楽器が1つの旋律を演奏していました。全体で同時に同じ旋律を奏するという基本から変化を発生させていました。ソロの受け渡しはジャズであれば、予め割当の小節数と順番を決めてあったりしますが、中華はそういう決まりごとはありません。阿吽の呼吸で他の奏者が前に出てきそうか、引き出して誘導するなどしてサポートし、時にそれが入れ替わるなどで進められます。速度も速くなったり緩慢になったりを波のように繰り返します。

 楽器はそれぞれ特徴があります。こういう奏法が映えるという個性がそれぞれあります。ですから特定の箇所ではその楽器特有の装飾音を加えたいということがあります。一方、そういうものは不要としているものもあり、京劇において京胡と京二胡、月琴は完全に同じ旋律をコピーせねばならない決まりです。しかし例えば二胡が2把でも全曲を単に同じくなぞるだけであれば、2把も要らないということになるかもしれません。それでも音の厚みが得られるので、2把を一人でこなす四胡というものが作られました。全体に共通している概念は、音色の合わせ方が重要だということです。

 中華において複数の楽器で合わせられる場合、使われる技法は「加花(jiā huā)」と「減字(jiǎn zì)」です。加花は主要旋律に対し音を加えます。減字は音を間引いて伸ばす音に変えます。音を出さないこともあります。譜に対して加えたり減らしたりします。下図に2つの加花の有名な例があります。



 加花は装飾音とは厳密には違うものです。加花は西洋の変奏曲のようなもので、装飾音は飾りです。しかし現代ではあまり区別して使われていません。加花は音を補強することで異なる曲を生み出しますが、装飾音は自由な発想で加えることは許されておらず、必ず全体の曲調の中で基本的な構造として存在するものに限られます。吹(管)、弾(拔弦)、拉(擦弦)、打それぞれの楽器は特徴がありますので、それを活かした加花や装飾音を加えることが可能ですが、しかし装飾自体が主要なものと受け止められかねない派手なものは忌避されます。重要なのは楽曲が魅力ある姿で提示されていることです。楽曲より奏者が前に出ているものは庸俗とされます。原曲の多くの音は比較的短いので場合によってはその該当の音の前後も利用されることがあります。どのような場合でも注意せねばならないのは、原音が主要な音で加えた音と重要度を入れ替えてはならないということです。虚実という言葉で表され、加花や装飾音は虚なのです。原音に付随するものであるという原則は堅持せねばなりません。楽曲は時に転調されています。ですから楽曲中にある別の箇所から素材を使った時に、音価が変わっていることがありますので注意が必要です。装飾技法として原曲が伸ばす音あるいは休止の時に、そこを埋めることがあります。これを抢当(qiǎng dāng)と言います。

 減字は、原曲から音を減らして簡素化させます。低音の伴奏時に多用されます。下図は花六板の例です。



 以下の動画は唱に琵琶を合わせたものです。大陸の民族音楽番組で多いのは一般人が専門家から評価を受けるという構成のもので、この映像はその最後のものであろうと思われますが、専門家の先生が演奏しています。明代の形式で作られた琵琶に絹弦を張り、爪は使っていないと説明しています。評弾は三絃と琵琶の基本2名組で唱はどちらもやりますが、歌っている方が演奏を止めるか減らすものが多いです。交代で歌います。しかしこの動画の場合は短いので若い方の先生が歌い、また琵琶の演奏中心に聴けるように気を遣ったものと思われます。琵琶の先生は有名な方で女子十二楽坊のような楽団をプロデュースしています。若い方の先生は上海評弾団の団長で上海大学の教授です。この2名は実は年齢は大きく離れていません。どちらも50代です。

 唱に対して琵琶は基本、旋律をなぞっていますが、音を足したり引いたり(ここでは琵琶のみだからか引いていませんが足したり)していることがわかります。蘇州評弾「大九連環」という有名な作品で、我々のよく知っている7級ぐらいで出てくる有名な二胡曲にもこの旋律が借用されています。これはその冒頭で「天に極楽あれば、地に蘇州杭州あり。杭州には西湖、蘇州に山塘。とても良い処。ああ、とても景色の良い処」続きは12の月の移り変わりが語られ「ああ、語り尽くせぬ美しさ」で閉じられるという、両都市の美しさを賛美するものです。全曲は4,5分かかります。この作品はたいてい女性が歌います。本稿の楽譜例の旋律の亜種です。元は1つの旋律だったものを展開していろんな曲に仕上げているというのは蘇州曲の1つの特徴です。