二胡の古楽器はどんな音がしますか? - 二胡弦堂


 古楽器の音は現代二胡から琴托を外せば出すことができます。そのサウンドは、板胡と二胡を合わせたような音です。一般の現代楽器と比べると音の周りにモヤモヤと付帯する響きのようなものがありません。かなり明晰な音です。反響成分も音の芯に集まって濃厚になったような感じになります。

 古い時代の音楽や奏法で演奏する場合、現代楽器を古楽器仕様にして演奏するという方法はあると思います。しかしその度に琴托を付け替えたり弦を変えたりするのは面倒ですから、実際には専用の楽器を用意することになると思います。それに一つの楽器をいろんなやり方で使うと音がおかしくなります。弦をスチール弦と絹弦の両方を使うだけで楽器の響きがおかしくなりがちなので、特定の楽器に対してどの弦を使うのかは最初に決める必要があります。それで古楽器に手を出す場合は、古楽器そのものを1つ用意したくなります。琴托を外すのは、古楽器の音の傾向を確認するだけに留め、現代楽器は現代楽器としてそのまま使うべきだと思います。なぜなら、古楽器の相違は琴托だけではないからです。

 古楽器は良いものの入手が難しいのですが、製法が失われているわけではないので作ることは可能だし、現代楽器からでもそういう音が出るようなものを作ることさえ可能です。それらは小店でいずれも販売していますが、古いものは問題もあるので、現代のものの方が確実という考えで作ったのが理由です。現代の方が材も確かだし、外観も美しく立派なものが作れます。そしてこれらの楽器を使ってしまうと現代楽器を全部売りたくなってしまったりします。これはどういうことなのかは重要な点です。

 二胡奏者は可能であれば板胡もやるべきですが、板胡の音を憶えてしまうと二胡には戻り難くなる人もいます。古楽器の場合と似たような現象です。演奏会も板胡の方が明らかに人気が出るでしょう。ただ一般の方々から「何それ?」となるので、二胡と持ち替えで両方使い、二胡奏者としてやっていく方が良いでしょう。広東高胡についても同じようなことが言えます。二胡が演奏できるのであれば、高胡、板胡は二胡より扱いやすいので特別な練習などは要らないでしょう。元々こういう理由で二胡から入って練習すべきということだったという論調さえあるぐらいです。二胡で魅力的な演奏というのは、広東高胡、板胡よりはるかに難しいです。現代二胡でももちろんすごく良いものもあって、もしそういうものがなかったら小店は販売していないぐらいですが、大陸サウンドの毒に冒されているとそのうち、そういう現代工房に古楽器調のものを発注したりとか、弦堂もそういうものであれば持っていたりとか販売までしていますが、どうしてもそういう方向に流れますね。どうしてなのでしょうか。

 それは中国弦楽器の中で現代二胡だけが成り立ちを異にしているからでしょう。劉天華がバイオリンのような扱いの楽器を中国にももたらしたいということで器楽曲も(その多くは文革期に消失しましたが)多数残し二胡を発展させたのは、外国文化が流入してくる上海近郊だったからで、もしそれが別の地方であれば、別の弦楽器が器楽用に発展したのではないかと考えられます。当時、二胡は南胡と呼ばれていた一地方の楽器でした。古楽器なるものは南胡であって、本来二胡とは呼べないものかもしれませんが、すでにその古楽器の時代に二胡という名称が使われるようになっていました。そして文革期にサイズが全く違う楽器へと進化しました。つまり、中華のその他の伝統的弦楽器とは異なり、二胡だけが近代にこれまでとは違った目的で作られたものだったということです。発展、というよりも新たに作られたという印象の方が強いように感じられます。そういう経緯でバイオリンのようなサウンドを志向している二胡があり、反対に伝統を固持しているようなものもあります。そのどちらも魅力あるのは現代の製作家の優秀性ゆえでしょう。しかしバイオリンを志向したサウンドで真に説得力のあるものが少ないということと、これまでどれぐらい長い歴史に耐えてきたかわからない戯劇のサウンドでは、どうしても差が出てくるのです。古い音が古い音だから価値があるのではなく、人間の本質は変わっていないので、かつての多くの人を魅了したサウンドは現代でも魅力的なのです。それで現代二胡だけをやっていると中華の毒がわからないということもあり得ることです。




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