「カザルスとの対話」について - 二胡弦堂


 ある日、神田神保町を歩いていたら、通りに安売りの本がたくさん並んでいました。眺めていたらその時に重要な1つの事実を思い出しました。哲学こそ重要という・・。それは50年代に出版されて今でも評価が衰えていない「カザルスとの対話」を見たからでした。そういえばこれは読んでなかったなと思ったのです。500円(古本街というのは基本的に定価よりも高いので、そこで安売りということは出版数が多くて値段が付かないということなのです)で買ってきてしばらくはほったらかしにしていたのですが、ようやく全部読んだので面白い部分を抜き取って雑談したいと思います。

 カザルスはこの本が出版された時はすでにかなりの年齢だったので、弟子が彼に過去についてインタビューし、それを活字にするという方法で進められた、内容としては単にカザルス翁の自伝に過ぎません。しかし弟子からすると、これは単なる一個人の自伝に止まらない、多くの示唆に富むものだとの確信から出版されることになったものでした。演奏芸術はこうあるべきという観点から述されたもっと前向きな著作も当時すでに結構あったので、その引用もかなり含められるという、重い内容に対していくばくかの距離を置くという幾分軽い感もある内容なのですが、だからこそ見えてくるものもあるのではないかということなのだと思います。

 全体の中でカザルスがこれまで一緒に仕事をした演奏家について色々な感想があるのですが、この人とは全てにおいて考え方が合ったとだけ記述されているのが2,3人おります。何が合ったのかといった難しいことは書いてありません。一方で合わなかったというネガティブな方向の話もほとんどありません。敢えて挙げれば2箇所あります。カザルスはチェリストなので、ある演奏会の練習で彼はチェロで参加していたのですが、その時の指揮者は弦堂の記憶が正しければボールトでした。さらに名が挙げられていないバリトン歌手もいました。その歌手はボールトの言う事の全て逆を行い、カザルス翁が見たところ、それはわざとでした。それでどうだったとか、そういう難しいことも書いてありません。自伝なので、そういうことがあったと言っただけで次の話題に移っています。だけど藪から棒にわざわざそのエピソードに言及したということは、そのことがかなり気になったということなのでしょう。どちらが正しいとかそういうことも言わず、ただ単に、歌手はわざとやっていたと言っただけでした。他方、カザルス翁からこの人とは合ったと指名されている人が少数いるということは、言及はしていないものの合わなかった、或いは合わせようという気がないのに合わせに来ている変な人をこれまで多数見たということを言外に示していることになります。なぜなら、誰とでもそれなりに普通に合うのだったらわざわざ合う合わないは言わないし、特定の人に関して「この人は大丈夫」的にはっきりお墨付きを与えるような言い方はしない筈だからです。しかしこういうことは何も特別なのではなく、普通我々がアンサンブルをやる時には誰でも同じようなことは考えると思います。しかも大体は初顔合わせの人に対し、ジャッジを下すか下される速度は1分以内じゃないですか。絶対に演奏しなければならない状況でなければほとんどにおいて企画自体がなかったことにされてしまいます。おそらくそういう問題から、二胡の場合は教室主体で楽団が編成されているものと思います。先生が監督だと皆合わせるし、難しい人は予めわかっているので入れないということもできるからです。これまでやってきた事柄も同じ先生ということで似通っていますから齟齬も発生しにくくなります。こういう問題から欧州の名だたる楽団においてさえ、その長は独裁化しやすいと昔から言われています。だけど他人に合わせるだけの奴隷になるつもりでそういうところに参加している人はいないと思います。やはり100人いれば100の考えがあります。考えのない人間の演奏はmidiと大差ありません。何のモチベーションで参加しているのかということにもなってくるから、そもそもそういう人は本来はいない筈です。しかし集団心理の観点から見るとそういう人は必ず出るとされていて、その割合は8割だと、他人任せの無責任な人がそれぐらい出るとされています。そうすると明確なビジョンを持ったしっかりした人が互いに演奏するということだけでもとても大変なことです。それなのにカザルスはそれでも問題が全く発生しないことがあると言っています。違いはなんなのか? よく言われるのは教養だとされます。ある楽曲に対し、自分自身の考え方がある、しかしそれ以外はわからないとなると、おそらく誰とも合わせられません。相手が極めて器用で、言わなくても考え方を完璧にわかってくれる神のような人物なら可能ですが、それは難しいことです。一方、非常に多くのことを知っていれば、相手の出方に対して意表を突かれる、頭が真っ白になってシャットダウンしてしまうことはありません。対話だから、アンサンブルは人の演奏を聴くことが何より重要になってくるので、それができないと、実際本当の会話でも聴くということができない人はいますが、演奏でもそういうことがあるということです。お互いに一定のインテリジェンスがないとそれなりにまとまることもありません。だからとても難しいことです。カザルス自身はチェリストだったので、我々二胡奏者と立場が似ています。彼の場合は1つの楽器だけで表現できることには飽き足らなかったと言っていますが、それでも彼の最高傑作は非常に有名ですが、あのバッハの無伴奏でした。たった一人で時間にしてCD2枚分演奏するという長大なものです。彼が一緒に仕事をできた人はクライスラーやティボーなど最高の演奏家でしたが、それでも一番良かったのは彼一人で演奏したものでした。皆さんの中で、複数人で演奏活動をしているという方も少なくないと思いますが、それで長期に活動して満足していたら、それはすごいことだと思った方がいいですね。一人でも誰かがエゴを出し始める「お前とは方向性が違う」と啖呵を切って三行半、よくあることだと言われますがそういうことがあるとビートルズも解散だったのですから、長いこと仲良くやっていたらそれは立派なことです。

 あともう一つ気になったのは、カザルスの考えでは若い演奏家は性急に都市に行って演奏会を開かない方が良いというものでした。それは招かれたりした場合ではなく、自分でホールを借りて主催することなどを指して言ったものでした。おそらくカザルスの長い人生の中で彼自身が自分で興行したものはなかったし、その必要もなかったでしょう。貴族か企業、投資家、後には政府、国連などが持ちかけてきたものばかりで、自伝の中でもそういう人が来たからOKした、或いは断ったと言っています。または共演で呼ばれた時ぐらいでしょう。自分では何も開かなかった、あのバッハの無伴奏の録音もEMIに録るまで20年以上推敲したと言っていますが、自分で録ろうと思えばもっと早くできた筈で、売って稼ぐことも容易だった筈です。しかし自分では動かない、こんなことが可能ですか? 彼は優秀だったので周囲がほっておきませんでしたが、大多数の人にとっては無理でしょう。存在はないまま、少なくとも100年は経過しそうだと思えます。しかしカザルスが言っているのはやり方の問題ではないかと思います。彼の考えではまず大衆に訴えて足がかりを掴もうとしない方が良いということなのだと思います。そうすると有力者の支持を仰がねばなりませんが、その反発から今ではネット時代なのでいろんなやり方があります。カザルスの時代の有力者はすごく熱心な支援者ばかりだったらしく、一方で大衆は現代のように育ってはいません。しかしこの本が出た50年代にはすでに大衆は育っていたし、貴族の時代でもありませんでした。それでもカザルスの考えは変わっていませんでした。演奏は演奏という仕事、興行は興行という仕事、出資は金融という仕事、評論は媒体の仕事、大衆は消費、全て尊重せねばならない、有力者が腐敗しているからとか、そういうことを言っているようでは駄目で、きちんとした人と組んでいないということは自分にも問題があるということなのだと思います。自分の演奏は歴史に残るに違いないと思っても、自分も含め誰も何もしないと何も残りませんが、それだったらそれまで、そういう状況では何も残す必要がないと、そこまで考えていた筈です。世界には優秀な、あるいは優秀とされていても何も残っていない伝説的な人もいますが、それだったらそれもそれまで、本当に優秀だったら誰も何もしないということが欧州や米国、日本のような環境では極めて少ないわけですから、何もなければ結局はそこまでなのではないか、甲子園であんなに活躍したのにドラフトでは声がかからない、そういうこともありますし、自分が演奏家であれば、その領分は超えないのが良いだろうという1つの教えなのだと思います。難しい問題です。長期的に続けるという観点から考えると、やはり最初から良いものを提供していないと、そこでジャッジされてしまいますし、歴史に残る人は結局は処女作が最高だと言われたりもするので、最初の一手で全てが判断されてしまう、安易にリサイタルなど開いてはならんということなのだと思います。弦堂は小学の時にピアノで発表会を行いましたが、あれはなんだったのか、みんなやるので当たり前のようにも思っていたのですが、今でも多くの教室で発表会はやっていますね。カザルス的見解では「そんなことはやるな」ということで、あんまり突っ込むと皆さんがされていることに批判することになりかねないし、どうでも良いのではないかという気さえするので、もうやめたいのですが、真面目にやりたいという方におかれては、カザルスの考えも理解できるのではないかと思います。




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