トランス ~ 中国音楽の再生と録音 - 二胡弦堂


前ページへ戻る

 音響というものはコイル、つまり鉄心に銅線を巻いたものが最も重要であることについてはすでにお話してきました。マイク、スピーカーはボイスコイルを持っていますし、アンプに使われるトランスもおおまかに、電源トランス、チョークコイル、出力トランス、インターステージトランス、インプット・アウトプットトランスがありますが、すべて決定的に重要です。しかし世間一般ではこの見解は否定的な方が多く、トランスを使うと音の鮮度が失われると考える人が多くいます。本当に素晴らしいトランスは多くはない、楽器と一緒ですのでトランスに否定的な見解が多くなるのはもっともなことです。

 またNeveの話で恐縮ですが(Neveは実務に携わっている人にしては珍しい論客で自社製品のセールス文さえおそらく自分でやっていますが商業的にそれほど成功していません。本家Neve Electronics社は独Siemensに買収(以降 AMS Neve)されたのでNeve(以下"爺")の元にはないし、爺はというとテキサスの砂漠に追いやられて(自分で行ったと言っていますが英国から出たわけですから)小規模なオフィスを構えているだけです。経済面以外は圧倒的に成功しているのですが、それでも最近は若い人に経営を任せ、自分は製品開発に注力する方向で安定はしているようです)。その爺が設計したアンプの、爺自らによるセールス文にWhy Transformers?というのがあります(リンク先の文は日本語なので読めます)。「何でトランス?」という意味です。その出だしからこれです「トランスに関する冗長な議論は、ここでは不適切です」・・爺は新作の機器にトランスを入れると反対意見があるだろうと予想してこの項を設けたわけです。それなのに初っぱなから「議論は要らん!」の一喝で突き放しています。そして続く説明ではわかっている人間にしかわからないことを言っています。これ、セールスページだったのでは? 爺自らがかつて設計したシステムはトランジスタとトランスで成功したというようなことを言っています。モトローラのトランジスタとマリンエア・トランスに感動したことのある人間には効果のある袖から出してきた印籠的一撃ですが、知らない人間には意味がわかりません。外人に印籠を出すようなものです。結局爺の言いたいことは、現代でもNeveのヴィンテージシステムが使われて録音が行われているぐらいトランス主体のアンプが力を持っているのに、お前たちはそれでもまだ否定するのか?という半ば呆れてしまった、もう帰れ的な、二度と来るなというそういうことなんだと思います。そしてあまりに唐突にノイズとデシベルについて測定とか、いきなりお堅い教科書的話に移ります。結局トランスというのは特性的に批判されているものなので、そうではない、しっかり測って勉強しろということなんだろうと思います。びっくりしました。素人が爺のアンプを偉そうに批評するからイラっと来ることもあるのでしょう。ところでセールスはどうなったのでしょうか? しかし爺の中では迷走ではない通常運転・・あっぱれです。こういう内容では株主総会で投資家から何か言われたりはしないのでしょうか。株主の言うことは聞かんでしょうね。爺はトランスについて熱く語るのをやめたようなので、本稿においても追随したいということで、トランス使用の是非についてはこれぐらいにしておきたいと思います。爺が音響界に蔓延した無知に対して何か言いたいのはわかりますが、それだったら本を出したらおもしろいでしょうね。しかし中国においては、トランスが価値があるというのは常識です。古い機器からトランスを外して使うのも常識です。否定する人はこれまで見たことがありません。トランスの必要性についての議論自体が存在していません。

 スピーカーとかマイクというのはシステムの末端なのでシステムの中での配置の是非を考えることはない、必要不可欠なものなので当然ですが、トランスはそうではありません。信号部のトランスはそれを前提にした回路デザインでない限りなくても支障はないので、使うのであればどこに配するか考えないといけません。ここまできて1つ思ったのは、ラインアンプについてです。コンシューマー(民生)機器の場合は、プリアンプというのがあってイコライザーがついていたりします。しかしこんなものは要らんという意見が多くあります。ラウドネスとかドルビーのスイッチがハイエンド機器からなくなっていくぐらいの頃からイコライザー機能も邪魔ではないかという見解が主流になってきて、ただ音を素通しするだけの機器が出てきたりしていました。そしてそのプリアンプ自体も不要という風になっていきました。トランスが不要というのと同じ理由です。余計なものを無駄に通して音が劣化するだけというものです。プロ機器の場合は基本が再生ではなく録音なので、ここで言うプリアンプなるものはないですが、だけどイコライザーは通すし、コンプレッサーやその他いろんなアウトボードを通します。いろいろ通して劣化しないのでしょうか。それどころかラインアンプにも通すことがあります。ラインアンプとは何でしょうか。ラインとはケーブルのことです。ケーブルのように素通しする以外何もしないものです。そういうアンプがあります。その単体では基本的に音を入れて出すだけです。何もしません。だからツマミとか何もありません。外観はただの箱です。後ろで入出力端子を挿すだけです。昔はテープを使って録音し、持っているチャンネル以上のトラックが必要な時には一旦ミックスして空いたトラックを作ってそこへまた録音する必要があるなど、音が劣化する原因がありました。そのため音の鮮度を保つ努力が必要なのですが、それなのにそこへさらにラインアンプでした。ビートルズは真空管式のテレフンケン V72をラインアンプにして常に最終段に入れていたと言われています。トランジスタ全盛の時代に真空管です。真実は「良いものに通したら良くなるし、悪いものに通したら悪くなる」というそれだけです。だから、プリアンプを使ったら音が悪くなると言っている人はかわいそうです。民生用のプリアンプでも感動的なものはあるからです。業務機器は素晴らしい音がしますが、ラインアンプのように無理がない、どうしても20~40dBの増幅ぐらいはするようですが、そういうものは特別美しい音が鳴ります。コンソールはモジュールの組み合わせなので、それらを前後で繋ぐときにマッチングが悪い場合、ラインアンプあるいはバッファーとも言いますが、そういうものを間に挟んで使います。今でもバッファー単体だけで商品として成立するぐらい使う人はいますが、やはりマイクを使う必要のある人に限られる傾向があります。こういう一見して良さがわからないものを勧めるメーカーというのはかなり真面目に仕事をしているところだと思います。業務用のラインアンプは最低でもトランスは2つ入っているので、その機能の乏しさと比較すれば非常に贅沢なものです。

 トランスにしろ、アンプにしろ、トランスが内蔵されたアンプにしろ、音を通せば良くなるのであれば、たくさん使ったらどうでしょうか。これは素人でも考えたらすぐに思いつくので古くから使われてきたテクニックでした。問題点もあったりして実施には注意が必要ですしコストもかかりますが、その問題点を解決して一台に組み込んでしまう、すでに上手くチューニングされた複数回路を通過できる形式で難しいことを抜きにして簡単に優れた効果を得るというものがあります。有名なものでは、FMR AUDIO RNC1773のスーパーナイスモードがあります。連結された3台のコンプを通すことでナチュラルさを得るというものです(実際はデジタル制御で3回回しているだけ)。本当に3台繋ぐと細心の調整が必要ですが、そこをボタン1つでONにしたらOKとシンプルにしているというわかりやすさです(RNC1773はAMEK System 9098のコンプ部を参考にし、ほぼ同様の回路構成と言われています。AMEK 9098は爺の有名な製品の一つです)。

 爺の現代の設計で、昔のテープの音を再現するという機材(機器?)があります。Portico 542 Tape Emulatorというものです。デジタルは便利が良いので良いところだけ取って後はアナログで行こうという潔さの最たるものという気がします。ここで言う「テープ」とはレコーディングスタジオや放送局で使われていたオープンリールデッキのことですが、民生用のウォークマンとか、そういうものも基本的には同じで、その最上質のものを再現しますということです(あえて民生用の方を再現するというものもあります)。YouTubeでいろんな人が実際にこの機器を使って実験していますので感じは掴めると思います。爺はやっぱり中途半端な仕事はしないなと思いますね。テープに記録するところをテープヘッドと言いますが、これもコイルなのでトランスの一種です。それでこのテープエミュレーターではテープヘッドに相当するところにトランスで代用しています。テープデッキの回路をそのまま載せているという本格的なものです。しかし肝心のテープは入っていないのです。リンク先説明文の表面パネル説明写真がある左側に「一台で3基のトランスを自在に可変制御できる」という気になる記述があります。この辺がテープの部分だと思うのですが、中は見たことがないので定かではないですが、書いてあるので実際に3つのトランスが入っているのでしょう。爺も相当なトランスマニアですね。開発に当って「数え切れないくらいのトランスや回路デザインを検討しました」と言っているので、ここが要である、ということになるのだろうと思います。複数のものを通すとそれだけ難しくはなりますが、上手くチューンできればより優れた効果が得られるということだろうと思います。トランスは作るのがやっかい、コスト高ですので、爺の技術力を以て3つを1つに減らせないでしょうか。そういうことを言うとあなたが大株主でも爺に「ばかやろう!」を喰らうでしょう。これは素人目にも作るのが難しいんじゃないかと思いますが確かにその通りで、他にはDIYRE 15IPS Tape Saturation Colour KitKUSH AUDIO UBK FATSOぐらいしかありません。あんまり需要がないのでしょうか。そんなことはありません。マスタリングでリミッターを使うのはテープのリミット感を再現する目的も1つにあって、この目的の機器では実際に本物のテープを内蔵して書き込んだらすぐに出力という方法でテープサウンドを抽出するというもので名機が幾つか知られている程です(以前にうっかりローランドのテープエコーなるものを購入しかけたことがあります)。この種は現代では作っていないと思います。違う個性のコンプを2つ繋いで後ろの方をリミッター設定で使うといったことはあると思います(貸しスタジオで初めからそういう設定で置いてあるところが多いようです)。使い方にはいろんな可能性があるので、コンプの場合自分の音楽には合わないという場合でも売り払ってはいけないとよく言われます。テープが最高の記録媒体の1つであるのは現代でも変わっていないし(ここにきてテープの生産数が増えているという奇妙な現象が発生しているらしいです)、ハードでテープの再現は難しくともソフトだと何とかなるということでエミュレーションプラグインはたくさんあるようです。フリーまで出るぐらい盛況で、かなり人気があります。だけどソフトとハードでは圧倒的にハードの方が良い、それどころかソフトは散々批判されていて比較の対象にすらなっていないという状況なので、ハードがもっと出てきても不思議はありません。しかし始めから爺にこういうクォリティのものを出されると後発がお手上げでしょうね。とりあえず現状本格的なものは爺のところしか設計できないようです。あまりにも本格的過ぎて本物のデープデッキと同じ問題も出るというというようなことまで書かれています。テープの効能はアナログ時代から積極的に用いられ、60年代に英国の天才エンジニア ジョー・ミーク Joemeekが、すでにコンプで圧縮済みの音源をさらに真空管を使ったテープレコーダーに記録する作業を意図的に1段追加し、そこからレコードのマスターにカッテングするという方法で斬新なサウンドを作り出しました。Joemeekが1967年に37歳で亡くなった後にも彼の名を冠した音響会社が存続し、現代でも中国深圳で生産しています。爺はというと経営に行き詰まりNeve Electronics社を売却、その後も設計者として留まりますがやがて居場所を失い、それから現在のRupert Neve Designsを設立するまで様々な会社で設計していました。その内の1つがJoemeek社との提携で、この時にVC-3というマイクアンプ、コンプ、エンハンサーを小さな筐体に詰め込んだ安価な製品を発売しています。たぶん爺の製品で一番安いのがこれですが、有名アーティストにも使われ現在でも高い評価を受けているにも関わらず生産台数は250台ぐらい、それでも中古市場でまだ安い、おそらく3万円前後で買えるという状況です。リニューアルしたバージョン2という紛らわしいものがあるし、中国製は今でも新品で作っているので知らない人はそちらを買うからだと思います。英国製の初期型が爺の作品で、これを以て名機とされていますので、長く使えるアンプとコンプを安価に探しておられるなら狙ってみて下さい。これはトランスが入っていません。それでも濃厚な英国サウンドを堪能できます。かなり強烈なブリティッシュサウンドなので、用途も限られてくる可能性はあります。


 冷戦時代に香港と大陸はどれぐらいの交流があったのかわかりませんが、英国領という状況において当時のいわゆる資本主義国と経済的関係にあって、大陸とはそれなりの壁があったのは間違いないと思われます。今では製造業は広東省全域なので、香港にはほとんど工場はないと思いますが、以前は香港製というものがありました。上のラジオはその1つです。香港製ですが、英国特許とあり、スピーカーは台湾製と明記されています。一体どんな音が鳴るのかと思って聞かせて貰いますと、これはバリバリのブリティシュでした。不思議なものです。この種のラジオでトランスが2つ入っているものは高級品だったものです。インターステージとアウトプットトランスです。

 この写真には繁体字で、入力トランスと出力トランスの2つが示されています。入力トランスの方はインターステージだと思うのですが、中華圏ではこれは入力トランスと呼ぶ慣例です。ラジオではそう呼ぶのかもしれません。それで一応、トランス2つ式の回路も掲載しておきます。

 B1とB2がトランスです。当時のラジオの場合、トランスが1つだけとか全く使っていないものもありました。このトランスは中華の音色を決定づける重要なパーツです。そうすると、香港製のラジオに組み込まれているトランスはどこで巻いたものでしょうか。英国からの輸入ではないと思いますし、これは香港製だと思います。本当はこのラジオは英国というより香港の音だったのかもしれません。ほとんど価値のないものではありますが、今となっては珍しいものではあると思います。

 中国で公園に行くとお年寄りが多いことに気がつきます。彼らの定番の持ち物は幾つかありますが、1つにラジオ、テープデッキがあります。コンパクトなもので紐を腕に掛けて落さないようにできるタイプが多いように思います。上の例は少し大きめですが、昔はこれぐらいの大きさだったのかもしれません。今では下の写真のようなタイプが多くなっています。新しいものではテープはほとんどありません。人気はあるのですが。自転車に乗るとラジオを前の籠に入れて鳴らしながら帰宅します。鳴らすのは北京であれば決まって京劇です。こういう視聴環境はもはや伝統であるらしく、もうかれこれ何十年もこうやって楽しんできたのだと思います。中国音楽を聴く、おそらく最良の方法は1つはここにあります。家でパソコンのmp3で京劇を聴いて何が良いのかさっぱりわからなくても、公園に行って老人らと陽に当っておればその魅力がわかることがあります。

 ラジオというものは、放送局の最高の機器で音楽を聴けるものです。特に国営放送はその国の基調をなす個性を体現しています。理由はわかりませんが、なぜか国営放送というものはお国柄を反映します。自国の企業と共同開発するからかもしれません。最高峰の音響技術が投入されているものでもあります。FMを聴かないと本物のサウンドはわからないと言っても良い程です。この種のラジオのスピーカーは中国伝統のチューニングになっています。現代でも国内向けに生産しているスピーカーは伝統を維持する方向で作ってあって、そういうものは外国に出荷していません。特に伝統音楽を聞く人からだけ支持されているわけでもありません。中国人は何を聴く場合でも、それほど意識せずに国産のスピーカーから出る音を好む傾向があります。もっともこういう傾向は中国人に限らないと思いますが。外国のものはそれはそれで楽しみますが、国産も同列に評価しています。伝統的な中華系機材というものがまだ生産されていて、ラジオもその一種なのでしょうけれども伝統音楽をより良く聴く条件としては比較的良好ということは言えると思います。

 イコライザーは、共振周波数を決めるために抵抗、コンデンサー以外にインダクターも使います。これはコイルです。これもトランスの一種です。イコライザーの製造は抵抗を使った方がはるかに簡単安価で、ドイツのモジュールもほとんどインダクターは使っていないのに、それでも名機とされている程ですから無くても特に問題はないものでしょう。それなのにインダクターを巻く旧式の方法に拘るのは、やはりコイル特有のサウンドを求めているからに他なりません。探すと製品は結構出ており、ManleyRadialOddEQ-73FE-Q5などが見つかります。爺はというとコテコテのトランス狂いですから、Portico 551 Inductor EQを開発しています。それにしても普通、90歳にもなったら耳が正常ではないのでは? 従業員は若いかもしれませんが、最終判断するプロデューサーの爺が判断できなければ筋の通った製品はできません。思うにおそらく特注の補聴器を持っているでしょうね。補聴器は個人に合わせてカスタマイズするものですが、音響関係の仕事なので、かなり念入りに調整はしないといけないでしょう。補聴器は中にスピーカーが入っていますのでこれにはコイルがあります。このコイルも爺の設計でしょうか。そっちも手がければ良いのでは? 本稿を読んでいるほとんどの人はそれほど老化していないので、補聴器を使ったことはないでしょう。なぜですか。おじいちゃん、おばあちゃん、ご両親に買って渡す前にまず自分で使わねばなりません。音楽に携わる以上、このようなものには必ず興味を持たねばなりません。シーメンスの音、というものを知っておかねばなりません。健常者が聴いても素晴らしいと感じられる感動的な音がします。一回使うと欲しくなるぐらいです。どこに使うのでしょうか。検聴ですね。CDなどの優れた演奏が収録されているものの分析です。驚くほど細かく聞き取れます。補聴器を聴くと、本当に魅力的なサウンドというものに対する概念までもが覆されます。

(クリックしたら拡大します)
 例は米Quad Eigut 712 イコライザーの回路図ですが、全部で7つのインダクターを使っています。設計の難易度や製造コスト、開発費と時間などあらゆる点でインダクターは不利です。そこを使っていく、それもこれだけ使うというのは普通ではない、かなり贅沢な品です。


 人間の耳は、20~20kHzまで聞こえるとされますが、音楽や音声の再生は必ずしもその枠を守ることが快適とは限らず、音響の黎明期から様々な試みがなされてきました。初期の頃はまず電話から、そして映画館でした。電話は送受信機の規格を整備することで音響を一定に保ちやすいですが、映画館は建物の影響を受けるのでかなり苦労があったようです。世界大恐慌で経済的に難しい時代でもありましたが、テレビや娯楽が少ない中で映画は大人気となり、多額の投資が可能だったことで優れた開発や研究が行われていました。映画館経営者の方からも品質に関する要求がかなりあり、他の映画館よりも優れたサウンドを提供するためには幾ら払っても良いという感じだったようです。当時の技術的水準は、現代と比べるとまだ存在していないものも、例えばトランジスタやICはありませんでしたが、コスト圧力がそれほどでもなかった状況で、むしろ現代よりも高品質な製品が提供されていました。可能再生周波数帯域についても、十分にハイファイなものも開発に成功していたようですが、採用されたものはそういうものではありませんでした。すでにSPレコードで8kHzまで、実際にはもっと入るようですがこれぐらいがベストというところで収録されていた時代に、映画館では電話とかラジオと同じような帯域で放映されていました。

・蓄音機 SPレコード ラッパ吹込 (200~4kHz)
・蓄音機 SPレコード マイクとアンプ (100~8kHz)
・LPレコード (70~10kHz) レコードを生産している東洋化成によるとこの周波数帯が最もカッティングに適しているということです。当時のノイマンマイクは40~16kHzぐらいと広帯域でしたし、レコードもこれぐらいの周波数帯はカバー可能なので、広帯域で録音されていたものもあったようです。しかし多くのイコライザーに10kHzのローパスが用意されていたのは、LPレコードのスペックを反映したものでしょう。10kHz中心で下げていくのであれば、SPの後期とスペックはほとんど変わらないことになります。イコライザーに10kHzのローパスがあれば、大抵100Hzのハイパスもついています。
・CD (20~20kHz)
・電話 (300~3.4kHz)
・ラジオ (150~3kHz)

 これぐらいの帯域に制限して音を送るのが一番人間にとって快適だという研究に基づいてこういう規格になっており、トーキー映画時代には大きく3社で覇権が争われていましたが、それでも大原則は全く変わらず、周波数帯域がむやみに広げられることはありませんでした。それは各家庭に電話やラジオなどの端末が普及するようになった時にも一貫していました。古い音楽を古い装置で聴くと驚くほど美しいが、現代のステレオで聴くと全くスカスカになるのはこの辺りに理由があります。そうすると聴く音楽によって時代ごとに装置を用意せねばならないということになって、実際にそうするマニアもいます。場所を取るし、古い機器のメンテナンスなどとても大変なことなので、トランスの差し替えで対応する人もいます。古い音楽は帯域が制限されたトランスを繋いで聴きます。普通は面倒なのでトランスすらやりませんが、演奏家や音楽の研究者はそういうわけにはいきません。帯域を絞って収録されているものをハイファイで聴くのは周波数特性が狂っているということになり、本質がよくわからない、演奏を分析しようにもおかしくてよくわからないということになります。演奏の細かい部分まで分析するのにも支障を来します。

 周波数帯域を考慮する場合、大まかに3段階で捉えることができます。4kHz以下、8kHz以下、それ以上の3種です。古いものがハイファイでないということはなく、業務録音機器用のトランスは半世紀以上前のものでも広帯域です。一方で再生に使うものは帯域を絞ってあります。中国音楽においても同様で、具体的には4kHz以下ではラジオに入っている小型のトランス、8kHz以下では蓄音機に入っています(写真例では左下端に2つのトランスが見えます)。軍用や業務用は必ずしも全部ではありませんが大抵広帯域です。

 トランスを使う場合、前後のインピーダンスマッチングに留意する必要があります。機器にはいろんな規格、スペックがありますが、各機器を連結していく時に参照するのはインピーダンス(内部抵抗)です。もし機器に抵抗がなければ電気は素通りして留まることはありません。電球はフェラメントがあるのでそこで電気が停滞し光り輝きます。同様に機器も内部抵抗が必要です。出力端子のインピーダンスに対する入力側インピーダンスとの関連性が合わないと周波数特性に狂いが生じます。昔のプロ機器は600Ω同士で合わせる転送方法が多くあります。現代はもっと高くて4.7kΩのようです。機器は単体で設計され、前後にどのような機器を連結しても使えるようになっているものは、入力インピーダンスはマイク入力は最低でも1KΩ、ここはマイクしか繋がないので特に問題にならないと思いますが、その他はラインは10kΩ、楽器は470kΩとなっています。この値より低いインピーダンスのものであれば接続できます。一方、出力は150Ωぐらいのようです。後段に低すぎない限り大抵の機器は繋げられます。40Ωぐらいまでであれば大体、20kHzまで保障しているようです。

 そうすると中国のラジオに組み込まれている小型のトランスは大体50Ω前後なので使いにくいものです。こういうものは、中国再生用のアンプと割り切って使うしかないと思います。上にラジオの回路図を載せていますが、インターステージトランスの前にトランジスタが1つあります。そのさらに前に47kΩのボリュームがあります。ここを入力にしてそれより前のラジオを切り離せばアンプだけ使えます。ペアで揃えるのは困難なのでモノラルになりますが、中国音楽を聴くのにはベストのアンプの1つであろうと思います。どうしてもトランス単体として用意したい場合はおそらく最も無難なのは米国の電話用のトランスを使うことだと思います。これはギターのDIに使うのにもちょうど良いので市場でちらほら見受けられます。戦前の中国音楽はこのタイプが特に合うと思います。ラジオ初期はパーツ販売で、つまりスピーカーやトランスをバラ売りで買ったりセットもありますが、自分で必要物を連結して使うものでした。それでトランスだけというものがありました。トランスを金属ケースに収めて外部に端子を出してコードをネジで固定できるようになっていました。1920年代の欧米でそういう商品がありました。そのタイプはインピーダンスが高く、うちにあるのはおそらく100k:25kΩぐらいですが、こんなに値が高いとマッチングさせにくいものです。しかし適当に使ってみると問題ありません。その代わり、ほとんど増幅せず、逆に挿してもそれほど変わりません。試しにインピーダンスがきちんとマッチングする接続でも使いますが、それでもほとんど変わりません。表面のラベルには「2.2:1」という比率が書いてあるだけです。つまりインピーダンスが明記してありません。これはおそらく分割巻きでインピーダンスに関係なく、巻線比率だけで使えるものと思います。昔のこの時代のものが全部そうかどうかわかりませんが、ほとんど比率表記なので、おそらく問題なく使えるものと思います。ラジオパーツ用トランスは初期の技術なので比較的大型でコイルの線も太い銅線だと思いますが、電話用は非常に小型のものが多くあります。音質はというと、どちらも現代の録音でも対応できるほど素晴らしく甲乙つけられません。非常に暖かい音で柔らかい、それでいて結構明晰な音が鳴ります。どちらの場合でも、生産地にこだわるべきで、用途が何向けに生産されたものかはほとんど関係ないと思います。1つは気に入ったものを手に入れておきたいものです。

 中華蓄音機に内蔵されているトランスの方はインピーダンスが数kΩありますので、こちらは中国国内では人気があって結構取引されています。流通量は少ないですが、かなり濃い音が鳴るので古い音楽やクラシックなシステムに合わせて使われています。しかしハイファイなトランスはもっと高値で取引されていて、これも中華風の濃厚なサウンドが楽しめます。軍や放送局、レコーディング会社などに供給されていたタイプです。ハイファイなものは音自体を変えてしまうぐらいのインパクトのある変化はしないですが、その微妙なさじ加減が重要なのであって、長く聴いていると大きな違いと感じられるぐらいです。

 ここで、世界のトランスにはどういうものがあるのか見ておきたいと思います。トランスの個性は国によって特徴があります。

アメリカ Western Electric(WE)、UTC、JENSEN、TRIAD、Peerless(ALTEC)などのメーカー、ブランドがありますが、UTCが作ったものをWE銘で販売したりといったことがあって、主に公共のライフラインに関係していますので全体で1つの企業体、半国営カルテルですから、まとめて"米国産"というくくりで考えられます。ジャズであれば米国産が最良の選択です。
英国 当初は米国からの技術の輸入でWE子会社のロンドン・ウェストレックス London Westrexでしたが、すぐに独自開発に切り替え、マルコニ Marconi、パルメコ Parmeko、フェランティ Ferranti、マリンエア Marinair、セント.アイヴス ST.IVES、ベルクリア Belclere、パートリッジ Partridge、ガードナーズ Gardners、GECなどがありますが、いずれも大人気で入手は比較的難しい傾向があります。この系譜は現在カーンヒル Carnhill(旧 ST.IVES)やソーター Sowterによって受け継がれています。重量感のある有機的で含蓄の籠った響きです。いわゆる"ブリティッシュ・サウンド"と言われます。
ドイツ ジャーマン ヴィンテージ トランスはいずれのメーカーのものであってもプロ機器用の製造はほとんどアウフェ Haufeです。IC時代に入ってくるとピカトロン Pikatron製に切り替わってきますが、古いアウフェ・トランスの絶対的な信用は現代でも揺るぎないものがあります。清らかな響きです。クラシックに合います。
日本 代表はタムラ(旧・小川電子)です。ノグチハシモト(旧山水。トランジスタ用は安価で、"ローファイ"というハイファイと逆の言葉がありますが、蓄音機時代の音を現代の装置でリアルに再現して聴くためのアナログパーツとして一定の人気があります)、東栄(チョークコイルの欄の下方に太文字でラインナップしています。驚異的な安さです。1,037円です。これだと中国の一般のより安いです。秋葉原の部品屋さんです。かなり音が硬く、エージングも効かないらしいので機械巻きだと思います。このあたりについてはK&T完全手巻ピックアップを参照して下さい)、タンゴ、日本光電、理研、春日無線などがあります。

 鉄心に銅線を巻き付けただけの単純な構造の物体ですが、どうしてこうもお国柄が音に反映されるのか不思議なものがあります。トランスは"楽器"と見做すべきです。もちろんその他の音響機器もすべて楽器と見做すべきです。そしてケーブルさえも楽器として扱うのはプロの現場では当たり前です(ケーブルは曲げるなど金属ストレスを与えてはいけません)。トランスは楽器を選ぶように吟味すべきものです。スウェーデンのトランスメーカー、ルンダール Lundahl社はドイツ系です。クラングフィルム系のメーカーがプロ機器の中でも特別仕様のグレードを作る場合、北欧の工場で作らせていましたので、北欧も高い技術力があります。その系譜の中で最も有名なのはデンマークのオルトフォン Ortofonです。レコードのカートリッジを作るメーカーですがこれも製造はトランスと同じコイルです。デンマークのコイルトランス関係はJSが作っています。オランダのフィリップス Fhilipsはドイツ系の影響は受けつつもセンスは異なるので、ドイツ系の少し違ったタイプと見なせますが業務機器は評価は高いものの数は少ない傾向があります。

 中国の音ということと、トランスは手工品ゆえ楽器のようなものなのでお国柄を反映するということを考え合わせた場合、中国音楽に対しては中国のトランスが最良ということになると思います。ただ戦前のものに関しては米国物との相性も考えることになるし、戦後はドイツが中国へ技術援助していた関係や、元々ドイツ物は大きく主張しない傾向があるので比較的ドイツ系とは合いやすい傾向も考える必要があります。現代でも放送局などのメジャーなところでは、割とノーマルな英SSLが入っていたりするものの、それでもドイツメーカーにコンソールを発注することはあります。あえてドイツのコンソールというのは珍しいように思います。上海のような開放的な都市では、近年上海交響楽団がNeveを入れたようですが、どちらかというと中国と英国物は合いにくい傾向はあると思います。上海に関しては「魔都」「妖艶な毒」などを誇る都市であるゆえ、その延長でNeveというのは、彼らが西洋楽器の楽団であることを考え合わせても特に不自然な点はないように思われます。またNeveの重厚なサウンドと中華トランスは合うし、中国音楽においても合わせ方によってはかなり濃い音が出せると思います。音響部材はトランスだけではなく、他にもいろいろあります。中国産でもすごく良いものもあります(昔と今の中国産を混同してはなりません。昔の中国の工業製品は何十年も耐久します。例えば弦堂が使っている80年代の中華電解コンデンサーはすでに30年経過しているにも関わらずテスターで検品するもまだ何の支障も出ていません)。こういうものが中国音楽には合うのだろうと思います。演奏家の場合は、こういう組み合わせは秘密だったりすることもあると思いますが、それぐらい固有の音を得るという点で重要であるとも言えます。

 新品のトランスは音が硬いです。二胡と一緒ですね。やっぱり楽器みたいなものなんでしょうね。しばらく使わないと本領は発揮しないし、それに真の実力を予測するのも難しいです。たいてい優秀なトランスでまだポテンシャルを発揮していないのは機械的な程ガチガチです。ある意味データ的には優秀と言ってもいいぐらいです。エージングが進むと角が取れて良い具合になります。1,2時間程鳴らしてほっておくと翌日には柔らかくなっていますが、これを繰り返すと甘くなってきます。それからでないと評価できません。古いヴィンテージトランスでしばらく使われていなかったものも同じです。眠っておられるんでしょうね。起きたらすぐに活発になるものもあれば、しばらくまどろんでいるものもあります。評価は急がないということですね。

 トランスがこんなに素晴らしいものであればどうして現代の多くの音響機器には使われていないのでしょうか。重い、コスト高、大きくなる、良いものは作るのが難しいといったいろんな障害があります。もちろん機械を使って自動でも作れるので産業用はそのように作っていますが、音響用トランスは手工生産です。職人技です。設計も職人技で企業秘密です。設計会社と製造会社間で情報を秘匿し絶対に漏らさないという暗黙の了解が(中国以外で)あります。中国の場合は確かに一般企業が洩らす場合もありますが、基本的にそういう技術、外国から入手したものだけでなく自社で開発したものなど何でも国に申告し、国全体で技術を共有することが法律で義務付けられているので、完全に概念が異なっている、かなり特殊なところです。職人技をコンピューターで解析すればどうでしょうか。現状これには成功していません。職人がどうしても必要、数も潤沢に提供できません。現代では作れなくなった巻き方のトランスさえあります。だからトランスを入手して使うということはとても贅沢なことです。トランスを巻く職人を育てるのに力を入れている企業もあります。

 最後に特殊なトランスについてですが、高周波用というものがあります。ラジオとか無線機器用のものです。 オーディオ用の低周波は周波数特性でトランスの性能を表示しますが、高周波用はパルスの応答速度で表示します。周波数特性は100k~50MHzで低周波用とは使う帯域が異なっています。これは低周波に使ってはいけないのでしょうか。そこで実験いたしました。巻線比の関係である程度の増幅率が見込めるところでしたが、逆に音量は低下しました。20dBぐらい減少しています。当然でしょう。100kHzから降下して可聴帯域の20kHzあたりに達した時にはすでに下がりきっているからです。しかし音はしっかり抜けるところからすると低空飛行である程度は一定しているものと思われます。それよりも目立ったのは、サウンドの優れた応答速度です。極めてスムージーな、歯切れの良い音が鳴って、曖昧さが感じられません。中国物ともなると、そこに独特の甘さも加わるし、これが気に入ってしまって、今でも使用しています。これは演奏の研究用には細かいところも見えますのでベストです。失ったゲインさえしっかり補償すれば十分に使えます。音楽鑑賞用としても問題はありませんが、基本的には演奏の細かいところまで聞き取るための研究用という感じがします。超高域スピーカーという可聴帯域を超えた聞こえない高域を出すという特殊なスピーカーがあります。TAKE T BATPUREが有名です。全く聞こえないわけではなく、耳を近づけるとシャラシャラした音は鳴りますが、聞こえる程鳴っているのは音が大きすぎるので実際の使用では聞こえない状態に抑えます。聞こえないのに影響は大きいので、聞こえない音の音量調整が必要という、聞こえる音で調整するという、そういう特殊なスピーカーです。写真は拙宅での視聴実験の様子ですが、このBATPUREに高周波用トランスはかなり相性が良くサウンドはより鮮明になり奥ゆかしさもあります。しかしトランスを使うならアンプは別に用意しなければならず、この場合ではインターフェースに付いているヘッドフォン端子から出力してBATPURE専用に供給しています。トランスを使わない場合でもBATPUREには別個にアンプを使う方が好結果です。

                   ピックアップ編へ




二胡弦堂
創業2008年 二胡弦堂