トランスとアナログ感 ~ 中国音楽の再生と録音 - 二胡弦堂

 

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 音響はコイル、つまり鉄心に銅線を巻いたものが最も重要です。マイク、スピーカーはボイスコイルを持っていますし、アンプに使われるトランスもおおまかに、電源トランス、チョークコイル、出力トランス、インターステージトランス、インプット・アウトプットトランスがありますが、すべて決定的に重要です。抵抗も巻線があります。

 トランスというと有名なのはRupert Neveです。Neveは90歳を超えていますが、今でもトランスを使って機器を設計しています。トランスを非常に重視していますが、依頼によっては使わないこともありました。トランスの数を調整したこともありました。ビートルズのプロデューサーで有名なジョージ・マーティンのロンドンのスタジオにはコンソールを3台納入していましたが、エンジニアのジェフ・エメリック(66年以降ビートルズの録音を手掛けた)はコンソールの音が鮮明ではないという不満を持っていました。そのため彼はマーティンがカリブ海にある英国領の島、モントセラトにスタジオを建設した時にNeveの導入に反対しました。そこでNeveを呼んで検証すると問題点が見つかりそれは改善されたのですが、さらに向上させるためにはトランスを減らさなければならないということになりました。マイクインプットからミックスアウトまでに8つほどのトランスを通過していて、これでは過度応答特性が悪くなるという理由でした。それでモントセラトのコンソールではインプットとアウトプットだけの2つまで減らされました(この施設は後にハリケーンで壊滅したので現存していません)。このようにトランスの使用には専門家の間でもいろいろな意見があります。同じ英国のトライデント Tridentのコンソールには少なくともインプットにはトランスはなかったようです。このコンソールの方が良いというミュージシャンも少なくありませんでした。しかし中国においては、トランスに価値があるというのは常識です。古い機器からトランスを外して使うのも常識です。大陸でトランスを否定する人はこれまで見たことがありませんし、トランスの必要性についての議論自体が存在していません。

 過度応答特性について、これは時にトランスに関連して議論されることがあります。人間の耳は20kHzまでしか聞こえないとされていますが後の研究で50kHzぐらいまでは実は聞こえているらしいということがわかっています(大橋力による研究)。しかし現代のNeveは100kHzぐらいまで保障していると言っています。高い帯域は空気振動の波が細かいので、そこで位相が合うとそれより下もきちんと合うため、優れた特性のアンプを設計するならば必要なスペックというわけです。今ではトランスを使っても優れた高域特性を保障する流れになっており、中国製でも手巻きのものは少なくとも50kHzぐらいまではフラットなものが普通になってきています。音が落ち着き、しっとりとします。しかしこのような高スペックの機材は技術もコストもかかります。機材が完全でもケーブルに繋いだりいろんな要素が介在して最終的なアウトプットで位相がずれていることも有りえます。これが音に何か硬さをもたらしたり眠くなったりする要素になります。そうであれば最後に位相補正すれば良いのではないかということで米BBEがソニック・マキシマイザーという回路を開発し、遅れがちな高域に対し中域と低域を遅らせれば全体がしっかり合うという理論で非常に好評を得ました。今ではソフトウェア・プラグインも出ています。

 テープは磁気を使って記録したり読み込んだりしますが、これもコイルを使うのでトランスの一種です。テープのサウンドは非常に魅力的ですが機材の配備は負担が大きいので、テープの音を再現するという機材が作られています。これらは主にレコーディングスタジオや放送局で使われていたオープンリールデッキを再現します。Neve Portico 542 Tape Emulator、DIYRE 15IPS Tape Saturation Colour Kit(廃番)、KUSH AUDIO UBK FATSOなどがあります。ソフトウェアは多数ありますがアウトボードは設計が難しいようでほとんどありません。

 テープは基本的にどれぐらい速い速度で送り込むかで性能が決まり、速い方がたくさんの情報が書き込めるので緻密な音が記録できました。放送品質においては家庭用カセットの8倍程の速度で(15 IPS)、音楽のレコーディングではさらにその倍でした(30 IPS)。あまりに大きな音量を入力すると音が飽和(サチュレーション)します。デジタルではクリップしますが、アナログでは飽和します。その飽和具合をグラフで示しています。飽和したら低域が膨らむことがわかります。感覚的にテープはそういうものなので一般的イメージと一致します。15 IPSでは高域も下がっていますが、これもイメージと一致します。トランスもサチュレーションがあり、それがヴィンテージ機器の味になっていたりするので、それを再現するため過入力する調整ノブが付いている現代機器もあります。


 テープの効能はアナログ時代から積極的に用いられ、60年代に英国の天才エンジニア ジョー・ミーク Joe Meekが、すでにコンプで圧縮済みの音源をさらに真空管を使ったテープレコーダーに記録する作業を意図的に1段追加し、そこからレコードのマスターにカッテングするという方法で斬新なサウンドを作り出しました(レコードにカットするなら普通テープは要らない)。JoeMeekが1967年に37歳で亡くなった後にも彼の名を冠した音響会社が存続し、現代でも中国深圳で生産しています。初期の英国生産だった頃にNeveに設計を依頼したことがあり、VC3というマイクアンプ、コンプ、エンハンサーを小さな筐体に詰め込んだ安価な製品を発売しています。生産台数は言い伝えによると1000台を超えるぐらいで、すぐに別回路に変更されて現在に至っています。これはトランスが入っていません。それでも濃厚な英国サウンドを堪能できます。かなり強烈なブリティッシュサウンドなので、用途も限られてくる可能性はあります。


 香港と大陸は冷戦時代においても経済交流があり、工業製品は上海製造のものが香港に輸出されたりもしていました。今では製造業は広東省全域に移っているので、香港にはほとんど工場はないと思いますが、以前は香港製というものがありました。上のラジオはその1つです。英国特許とあり、スピーカーは台湾製と明記されています。一体どんな音が鳴るのかと思って聞かせて貰いますと、これはバリバリのブリティシュでした。不思議なものです。この種のラジオはトランスの数でグレードがあり、無し、1つ、そして高級品は2つでした。これは大陸でも同じでした。


 この写真には繁体字で、入力トランスと出力トランスの2つが示されています。入力トランスのインピーダンスはインターステージと見做した方が良い数値ですが。電波を高周波回路から低周波に変え、カソードフォロワー回路でインピーダンスを下げて入力トランスに入れるという順序になっているものが結構あります。アンプ部で前段からインターステージトランスで位相反転を行い出力段に送るというものもありますが、この場合も慣例?なのか入力トランスと呼ばれます。このトランス2つ式の回路も掲載しておきます。B1とB2がトランスです。このトランスは中華の音色を決定づける重要なパーツです。そうすると、香港製のラジオに組み込まれているトランスはどこで巻いたものでしょうか。英国からの輸入ではないと思いますし、これは香港製だと思います。本当はこのラジオは英国というより香港の音だったのかもしれません。ほとんど市場価値のないものではありますが、今となっては珍しいものではあると思います。


 中国で公園に行くとお年寄りが多いことに気がつきます。彼らの定番の持ち物は幾つかありますが、1つにラジオ、テープデッキがあります。コンパクトなもので紐を腕に掛けて落さないようにできるタイプが多いように思います。自転車に乗るとラジオを前の籠に入れて鳴らしながら帰宅します。鳴らすのは北京であれば決まって京劇です。こういう視聴環境はもはや伝統であるらしく、もうかれこれ何十年もこうやって楽しんできたのだと思います。中国音楽を聴く、おそらく最良の方法は1つはここにあります。家でパソコンのmp3(中華では「エムピーサン」と言います)で京劇を聴いて何が良いのかさっぱりわからなくても、公園に行って老人らと陽に当っておればその魅力がわかることがあります。

 イコライザーは、周波数を決めるために抵抗、コンデンサー以外にインダクターを使うものもあります。これはコイルです。抵抗の代わりにインダクターを使うのですが、これはトランスを使うか使わないかという違いと共通します。抵抗を使う場合でもどの種類の抵抗を使うかで特徴が変わってきますので、設計者の音色に対する狙いが表れますが、その中の1つの選択肢としてインダクターがあります。コスト高なのにインダクターを巻く旧式の方法に拘るのは、やはりコイル特有のサウンドを求めているからに他なりません。

(クリックしたら拡大します)
 例は米Quad Eight 712 イコライザーの回路図ですが、全部で7つのインダクターを使っています。設計の難易度や製造コスト、開発費と時間などあらゆる点でインダクターは不利です。そこを使っていく、それもこれだけ使うというのは普通ではない、かなり贅沢な品です。


 インダクターは電源回路にも使われることがあります。このように高電圧の場所に使われるものはチョークコイルと呼ばれます。しかしほとんどの使用例は真空管回路で、ディスクリート初期のドイツ製のコンソールにも時に使われていました。真空管回路用は特に耐圧が必要なので大型です。電源回路は信号の主要経路ではありませんが、音の傾向に対して大きな影響があります。抵抗を使うのに比べて非常にコスト高で設置スペースも必要なので贅沢なものでしたが、それでもその大きな効果から積極的に多用されていました。しかしドイツのコンソールモジュールはプロ用の機材であるため、全ての方法が慎重に検討されていたことで常にチョークコイルが使われていたわけではなく、必要なところへ投入されるに限られていました。信号経路にもインダクターがフィルターとして入れられることがあり、これは古いドイツモジュール独特の特徴です(左写真 Siemens V274)。カソードに入れられている例もあります(右写真 Telefunken V72)。このようなものはドイツモジュール以外ではほとんど見られません。ドイツの巻線技術でようやく成し得たという考え方もできるでしょう。おそらく真空管式コンプレッサーのみに採用されていたと思われますが、インプットトランスから初段管の間にローパスフィルターが置かれている例があります。Telefunken U73では1段(正負でインダクターは2つ)でしたが、左下写真例、1967年製造のU71では2段(4つ)に強化されています。インプットトランスにワイドレンジのものを使わなければ良いだけのようにも見えますから、このような手の込んだものが採用されている例は他にはないと思います。ドイツでは真空管式コンプレッサーにはどうしても必要という考え方があったようです。

 人間の耳は、20~20kHzまで聞こえるとされますが、音楽や音声の再生は必ずしもその枠を守ることが快適とは限らず、音響の黎明期から様々な試みがなされてきました。初期の頃はまず電話から、そして映画館でした。電話は送受信機の規格を整備することで音響を一定に保ちやすいですが、映画館は建物の影響を受けるのでかなり苦労があったようです。世界大恐慌で経済的に難しい時代でもありましたが、まだテレビがなく娯楽も少ない中で映画は大人気となり、多額の投資が可能だったことで優れた開発や研究が行われていました。映画館経営者の方からも品質に関する要求がかなりあり、他の映画館よりも優れたサウンドを提供するためには幾ら払っても良いという感じだったようです。当時の技術的水準は、現代と比べるとまだ存在していないものも、例えばトランジスタやICはありませんでしたが、コスト圧力が低かった状況で、むしろ現代よりも高品質な製品が提供されていました。可能再生周波数帯域についても、十分にハイファイなものも開発に成功していたようですが、採用されたものはそういうものではありませんでした。すでにSPレコードで8kHzまで、実際にはもっと入るようですがこれぐらいがベストというところで収録されていた時代に、映画館では電話やラジオと同じような帯域で放映されていました。

・蓄音機 SPレコード ラッパ吹込 (200~4kHz)
・蓄音機 SPレコード マイクとアンプ (100~8kHz)
・LPレコード (70~10kHz) レコードを生産している東洋化成によるとこの周波数帯が最もカッティングに適しているということです。当時のノイマンマイクは40~16kHzぐらいと当時としては広帯域でしたし、レコードもこれぐらいの周波数帯はカバー可能なので、広帯域で録音されていたものもあったようです。しかしLPレコードに最適なスペックで収めるため、多くのイコライザーに10kHzのローパスが用意されていました。SPの後期とスペックはほとんど変わらなかったことになります。
・CD (20~20kHz)
・電話 (300~3.4kHz)
・ラジオ (150~3kHz)

 これぐらいの帯域に制限して音を送るのが一番人間にとって快適だという研究に基づいてこういう規格になっており、トーキー映画時代には欧米では大きく3社、米ウェスタン・エレクトリック(WE)の特許を使用したワーナー・ブラザーズ、米ジェネラル・エレクトリック General Electric(GE)の特許を使用したRCA、独テレフンケン(クラングフィルム)の特許を使用したUFAで覇権が争われ技術の向上が競われていましたが(後に独占禁止法回避のためエリアで担当を分けるようになりました)、それでも大原則は全く変わらず、周波数帯域がむやみに広げられることはありませんでした。それは各家庭に電話やラジオなどの端末が普及するようになった時にも一貫していました。古い音楽を古い装置で聴くと驚くほど美しいが、現代のステレオで聴くと全くスカスカになるのはこの辺りに理由があります。そうすると聴く音楽によって時代ごとに装置を用意せねばならないということになって、実際にそうするマニアもいます。場所を取るし、古い機器のメンテナンスなどとても大変なことなので、トランスの差し替えで対応する人もいます。この場合、古い音楽はイコライザーではなく帯域が制限されたトランスを繋いで聴きます。帯域を絞って収録されているものをハイファイで聴くのは周波数特性が狂っているということになり、本質がよくわからない、演奏を分析しようにもおかしくてよくわからないということになります。

 中国にも19世紀末より上海にSPが入ってきて多くの企業が覇権を争っていました。

・大中華(国産)
・百代(仏パテ。1928年に本体のパテが英コロンビアに買収され、さらに31年にコロンビアがHMVと合併しEMI。インド製が多い)
・勝利(米ビクター)
・高亭(独オデオン)
・蓓開(独ベカ)
・歌林(英コロンビア。インド製が多い)
・宝塔(米RCA)

 周波数帯域を考慮する場合、大まかに3段階で捉えることができます。4kHz以下、8kHz以下、それ以上の3種です。古いものがハイファイでないということはなく、業務録音機器用のトランスは半世紀以上前のものでも広帯域です。医療用も広帯域ですし、高周波用すらもあります。一方で再生に使うものは帯域を絞ってあります。中国音楽においても同様で、具体的には4kHz以下ではラジオに入っている小型のトランス、8kHz以下では蓄音機に入っています(写真例は蓄音機のハラワタで、左下端に2つのトランスが見えます)。中華蓄音機に内蔵されているトランスは中国国内では人気があって結構取引されています。流通量は少ないですが、かなり濃い音が鳴るので古い音楽やクラシックなシステムに合わせて使われています。しかしハイファイなトランスはもっと高値で取引されていて、これも中華風の濃厚なサウンドが楽しめます。軍や放送局、レコーディング会社などに供給されていたタイプです。

 戦前の中国音楽にはラジオに使っていたようなトランスがちょうどよく、補修部品のデッドストックも結構市場に出ています。米国の電話用のトランスを使うこともできます。ギターのDIに使うのにもちょうど良いのでこれも市場に割と出ています。1920年代頃のラジオ初期はパーツ販売で、つまりスピーカーやトランスをバラ売りで買ったりセットもありますが、自分で必要物を連結して使うものでした。それでトランスだけというものが商品としてありました。トランスを金属ケースに収めて外部に端子を出してコードをネジで固定できるようになっていました。写真例のトランスは表面のラベルには「2.2:1」という比率(レシオ)が書いてあります。つまりインピーダンスが明記してありません。トランス単体で販売されていたわけですから何に接続されるかわからない状況が想定されているため、インピーダンスに関係なく巻線比率だけで使えるようになっています。音質はデジタル時代の現代でも対応できるほど素晴らしいものです。非常に暖かい音で柔らかい、それでいて結構明晰な音が鳴ります。個性は生産地の影響が大きく、材料も時代によって異なるので年代も影響があります。

 ここで、世界のトランスにはどういうものがあるのか見ておきたいと思います。トランスの個性は国によって特徴があります。

アメリカ Western Electric(WE)、UTC、JENSEN、TRIAD、Peerless(ALTEC)などのメーカー、ブランドがありますが、UTCが作ったものをWE銘で販売したりといったことがあって、主に公共のライフラインに関係していますので全体で1つの企業体、半国営カルテルですから、まとめて"米国産"というくくりで考えられます。ジャズであれば米国産が最良の選択です。
英国 当初は米国からの技術の輸入でWE子会社のロンドン・ウェストレックス London Westrexから、すぐに独自開発に切り替え、マルコーニ Marconi、パルメコ Parmeko、フェランティ Ferranti、パートリッジ Partridge、ガードナーズ Gardners、GEC、マリンエア Marinair、セント.アイヴス ST.IVES、ベルクリア Belclereなどがあります。この系譜は現在カーンヒル Carnhill(旧 ST.IVES)やソーター Sowterによって受け継がれています。重量感のある有機的で含蓄の籠った響きです。いわゆる"ブリティッシュ・サウンド"と言われます。ロック系に合うとされます。
ドイツ プロ機器用の製造は真空管時代からトランジスタの初期までクラングフィルム Klangfilm/シーメンス Siemensが製造し、それ以降はマロトキ Malotki、そしてアウフェ Haufeに変わり、ほとんどのトランスを製造していました。少数ですがベイヤー製もあります。IC時代に入ってくるとピカトロン Pikatron製に切り替わります。清らかな響きです。クラシックに合います。
日本 代表はタムラ(旧:小川電子)です。古典的な和の音がします。ハシモト(旧山水。トランジスタ用は安価で、"ローファイ"というハイファイと逆の言葉がありますが、蓄音機時代の音を現代の装置でリアルに再現して聴くためのアナログパーツとして一定の人気があります)、東栄(チョークコイルの欄の下方に太文字でラインナップしています。驚異的な安さです。中国の一般のより安いです。機械巻きだと思います。このあたりについてはK&T完全手巻ピックアップを参照して下さい)、タンゴ、日本光電理研春日無線ゼネラルトランス染谷電子大阪高波共立電子産業アテネ電機エイトリック・トランスフォーマー西村無線などがあります。

 トランスは鉄心に銅線を巻き付けただけの単純な構造の物体ですが、どうしてこうもお国柄が音に反映されるのか不思議なものがあります。"楽器"と見做すべきでしょう。もちろんその他の音響機器もすべて楽器と見做すべきです。そしてケーブルさえも楽器として扱うのはプロの現場では当たり前です(ケーブルは曲げるなど金属ストレスを与えてはいけません)。トランスは楽器を選ぶように吟味すべきものです。スウェーデンのトランスメーカー・ルンダール Lundahl社はドイツ系です。クラングフィルム系のメーカーがプロ機器の中でも特別仕様のグレードを作る場合、北欧の工場で作らせていましたので、北欧も高い技術力があります。その系譜の中で最も有名なのはデンマークのオルトフォン Ortofonです。レコードのカートリッジを作るメーカーですがこれも製造はトランスと同じコイルです。デンマークのコイルトランス関係はJS(Jørgen Schou:ジョーゲン・シュー)が作っています。オランダのフィリップス Philipsはドイツ系の影響は受けつつもセンスは異なるので、ドイツ系の少し違ったタイプと見なせますが業務機器は評価は高いものの数は少ない傾向があります。スイスのステューダー Studer、EMTもドイツの上位モデルを生産し、解像度の高さに定評があります。

 中国の音ということと、トランスは手工品ゆえ楽器のようなものなのでお国柄を反映するということを考え合わせた場合、中国音楽に対しては中国のトランスが最良なのは間違いありません。中国の工場の整備は大躍進政策時に一度行われ、再度文革が始まってすぐの66年頃にも行われたのですが、生産が伸びてきたのは70年代ぐらいからです。文革で学生が学校に来なくなったため、工業学校を閉鎖して工場に変え、教職員を開発製造に当たらせるという例までありました。皮肉にもそれで開発が加速し、工業の質が高められたともされています。文革期には人材や技術の交流も活発だったようです。我々が手に入れられる中華のクラシックなトランスというと大躍進時代の工場群製造による50年代以降のものになると思います。中国のトランス製造地はかなり多く、詳しいデータがありません。音響関係者に評価が高いのは上海無線電27廠です。中華牌の機材を作っていた頃の中国唱片廠の中国音楽録音にもあまねく使われており、上海におけるプロの音響機材、民生機器、カラオケの高級モデルにも27廠のトランスが入っていました。上海の他の工場、北京無線電1廠(現・797音響)、杭州無線電廠もあって、いずれも味は異なりますが、中華の毒はまず27廠について語られ「国宝」とまで言う人もいます。27廠に関しては聖地ということで、現在の様子をストリートビューで確認します。


 大きな広場があります。そして奥に双子のビルが渡り廊下のようなもので繋がれています。左の方にはロゴがあります。見えにくいですが「双灯」とあります。27廠は元々2廠からの分家で、2廠製品では「紅灯牌」を使っていました。「双灯牌」は27廠製品のブランドでした。右のビルは道路に面していますので、その方に回ります。


 幽霊ビルです。使っていないように見えるし、そもそも窓や壁がなく内部が完全に外に解放されているような酷い状態です。明らかに廃墟です。しかし何故かもう1つのビルからは比較的新しい廊下で繋がれて支えられています。ここは現在「上海双灯电子技术开发实业公司」という会社になっています。企業情報によると照明器具以外に、テレビの部品、トランスもまだ作っているとあり、その他あまりにも広範で、百貨経営方式服務ともあります。この会社について詳細を調べるもほとんど何もわかりません。何をやっているのかわかりません。トランスを巻いているようには見えません。27廠が前身ということも明らかにしていません。社長が誰かもわかりません。製造ではなくて研究機関のように見えるし、それも表向きにやっているところでない気はします。幽霊ビルは外から見えるところでわざと残しているのでは? いずれにしても、かつてはトランスが巻かれていたであろう幽霊ビルが、理由はなんであれ残されているのは良かった・・歴史的建造物ですからね。訪問はしない方が良さそうです。位置は、丹阳路60号です。

 新品のトランスは音が硬いです。二胡と一緒ですね。やっぱり楽器みたいなものなんでしょうね。しばらく使わないと本領は発揮しないし、それに真の実力を予測するのも難しいものです。たいてい優秀なトランスでまだポテンシャルを発揮していないものは機械的な程ガチガチです。ある意味データ的には優秀と言ってもいいぐらいです。エージングが進むと角が取れて良い具合になります。1,2時間程鳴らしてほっておくと翌日には柔らかくなっていますが、これを繰り返すと甘くなってきます。それからでないと評価できません。古いヴィンテージトランスでしばらく使われていなかったものも同じです。眠っておられるんでしょうね。起きたらすぐに活発になるものもあれば、しばらくまどろんでいるものもあります。評価は急ぐことはできません。

 トランスがこんなに素晴らしいものであればどうして現代の多くの音響機器には使われていないのでしょうか。重い、コスト高、大きくなる、良いものは作るのが難しい、といったいろんな障害があります。もちろん機械を使って自動でも作れるので産業用はそのように作っていますが、音響用トランスは手工生産です。職人技です。設計も職人技で企業秘密です。設計会社と製造会社間で情報を秘匿し絶対に漏らさないという暗黙の了解が(中国以外で)あります。中国の場合は確かに一般企業が洩らす場合もありますが、基本的にそういう技術、外国から入手したものだけでなく自社で開発したものなど何でも国に申告し、国全体で技術を共有することが法律で義務付けられているので、完全に概念が異なっている、かなり特殊なところです。職人技をコンピューターで解析すればどうでしょうか。現状これには成功していません。職人がどうしても必要、数も潤沢に提供できません。現代では作れなくなった巻き方のトランスさえあります。織物と似たところがあります。トランスを入手して使うということはとても贅沢なことです。トランスを巻く職人を育てるのに力を入れている企業もあります。

 特殊なトランスで高周波用というものがあります。ラジオとか無線機器用のものです。オーディオ用の低周波は周波数特性でトランスの性能を表示しますが、高周波用はパルスの応答速度で表示します。周波数特性は100k~50MHzで低周波用とは使う帯域が異なっています。これは低周波に使ってはいけないのでしょうか。そこで実験いたしました。巻線比の関係である程度の増幅率が見込めるところでしたが、逆に音量は低下しました。20dBぐらい減少しています。100kHzから降下して可聴帯域の20kHzあたりに達した時にはすでに下がりきっているからです。しかし音はしっかり抜けるところからすると低空飛行である程度は一定しているものと思われます。それよりも目立ったのは、サウンドの優れた応答速度です。極めてスムージーな、歯切れの良い音が鳴って曖昧さが感じられません。それぐらいでないと高周波では使えないのでしょう。中国物ともなるとそこへ独特の甘さも加わります。これは演奏の研究用には細かいところも見えますのでベストです。失ったゲインさえしっかり補償すれば十分に使えます。音楽鑑賞用としても問題はありませんが、基本的には演奏の細かいところまで聞き取るための研究用という感じがします。超高域スピーカーという可聴帯域を超えた聞こえない高域を出すという特殊なスピーカーがあります。TAKE T BATPUREというものです。全く聞こえないわけではなく、耳を近づけるとシャラシャラした音は鳴りますが、聞こえる程鳴っているのは音が大きすぎるので実際の使用では聞こえない状態に抑えます。聞こえないのに影響は大きいので、聞こえない音の音量調整が必要という、聞こえる音でそのバランスで調整するという、そういう特殊なスピーカーです。写真は拙宅での視聴実験の様子ですが、このBATPUREに高周波用トランスはかなり相性が良くサウンドはより鮮明になり奥ゆかしさもあります。しかしトランスを使うならアンプは別に用意しなければならず、この場合ではインターフェースに付いているヘッドフォン端子から出力してBATPURE専用に供給しています。トランスを使わない場合でもBATPUREには別個にアンプを使う方が好結果です。

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