福記梨皮紅泥壺 - 二胡弦堂


 文革前後ぐらいと思われる茶壺です。単孔です。

 福記は清末以降の有名なメーカーですが、現代で5代目です。5代目は国家級工芸師なので一般人の買えるような価格ではありません。輸出も手がけていた頃もあって玉石混淆ですが、本品は近代のものでそれほど価値のあるものではありません。半手工なのですが、さらに外側の面倒をみた時に工具を使ったようで、これもまたろくろのような線が出ています。単孔ですし、普及品だったのではないかという感じがします。

 肝心なのはメーカーとかそういうところではなく、この泥が梨皮紅泥であるということです。この一点において価値があると思います。福記でよくあるボテッとした丸っこいデザインも懐古趣味的な味があって良いですが、やっぱり泥あってのデザインなので、何の泥かは重要だと思います。デザインも時代によって洗練された感じがない、民国のままという感じもなかなか良いものです。梨皮朱泥(紅泥)はどれも使っていると表面がギラギラしてきますが、これはもうそういう感じに育ってきています。

 しかしこの外面の輝きは福記独特の研磨にもよると思われ、普通紫砂ではここまでしないであろう程度まで磨いています。下の写真の例は清末・貢局のもので、タイ国王ラーマ5世自身が宜興に足を運んで作らせたタイプで結構な数が残っています。紫砂というのは通気性が重要なのに、こんなに鏡のように磨いてしまって良いのでしょうか。タイ王室やその意向を受けて制作した貢局のようなメーカーがこういうものを作ってしかも結構数が作られたということは十分に根拠があってのことだと思いますが、その根拠はどのように見出したのでしょうか。古くは錫を外面に施した紫砂があったので、その頃から必ずしも通気性を常に必要とするわけではない、釉薬はもっと前からあったわけですし、そういう理解があったのは間違いありません。さらに紫砂に釉薬を施されたものがすでに明代からあったようで、そういう作品も伝承されています。南国の割と派手な装飾を好むタイ王室がそういうものを入手し、高く評価した上で鏡面仕上げのものを発注したとすれば、すでに十分な知見があった上でのことだったことになります。そしてタイではこれはコーヒーに使われていました。紫砂はコーヒーにも合うのでしょうか。文革期の主力商品はコーヒーカップでした。貢局がタイ王室に供給していたものは様式がほとんど決まっており、大体のものが写真例のようなものですが、ほとんど同じものなのに福記の落款が入っているものもあります。これはタイ王室が新たに福記にも発注したものではなく、福記と貢局が協力関係にあったことを示すものだと思います。そうでないと多少なりとも違ったものが出来てくると思うのです。ほとんど外観では区別できないようなものを互いに作っています。おそらくこの経験を通して福記は鏡面仕上げのメリットを体得し、他の製品にもある程度反映させたのだろうと思います。



 鏡面仕上げというところがポイントではないのですが、ついでなので続けますと、現代では以下の写真のようなものが結構出て来ています。日本の備前が今でも薪で焼いているということ、自然が偶然の産物を生み出すというところに感銘を受ける中国人が多いらしく、いろんなものを薪で焼くようになっています。白磁でさえも薪で焼いたりします。日本ではそういう発想はないと思います。紫砂はこのように鏡面仕上げになっているものが多く見受けられます。



  ¥15,000


 ちょっと容量が大きいので、烏龍茶は使いにくいかもしれません。大抵どの茶でもいけると思います。

 容量は約300mlです。青花の皿は含まれません。

 箱は布張りのものに収めてあります。















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