質について - 二胡弦堂


 特に初めての時に、茶壺を物色しようとすれば朱泥を選択することが多いと思います。もちろん、必ずしも朱泥から入らなければならないことはないと思いますし、歴史的に黎明期の茶器は段泥が多く残っていることとか、民国期から近代の巨匠・顧景舟が底槽清しか使わなかったといったことを考えると、様々な角度があり得るということがわかります。優れた泥料のものを購入しようと思えば高価なので紫砂全般については後日検討ということにするとか、諸般の事情で初めから中国の朱泥は買わないと決めている場合もあると思います。日本国内でも結構安価に売っている場合もあるので、それでいいのではないかということになることもあると思います。そういう場合について少し考えてみたいと思います。

 中国朱泥の茶壺は日本国内でも2000~3000円ぐらい、大雑把ですがそれぐらいの価格で買えると思います。安価なものの中には科学的に調合した如何にも本物の紫砂的なそれっぽいものもあるのですが、そういうのは1000円以下でもあるかもしれません。とりあえず本物の紫砂茶壺、朱泥のものもそこに含みますが、3000円ぐらいも出費すれば購入可能だと思います。科学的に製造された泥が嫌なのであれば、そこらへんを店主に聞けば、日本人であればはっきり答えると思います。中国の安価な品は有毒のものもあって問題になっていますので、1000円ぐらいしか払いたくない場合はもう購入計画自体をやめた方が良いと思います。店に質問する方もおられるのでしょうけれども、中国製だったら北京衛生局の検査書類があります。信用できなくて質問するのですから、中国の書類を見ても信用しないでしょう。日本に入荷しているものは商社も非常に気を遣いますので毒については実際にはほとんど問題はないと思います。もう買ってしまったのであれば、それでいいのではないかと思います。一方、高級品は検査などしませんので、聞いても書類は何もないと思います。ちなみに日本では「有害物質」という言い方をしますが大陸では「毒」と言っています。どちらでも通じますが。前に何かの時にたまたま日本の写真を見せた時に特に若い女性ですが大抵こう言います「何でこんなに中国語がたくさん書いてあるの?」「これ全部日本語だって」「嘘でしょ?」普段の信頼構築に問題があると本当のことも信じて貰えないんですね。日本人はもっと中国のことを知りませんが、これだけ隔たりがあっても書けば問題ない、それで割と裕福な中国人は「日本?筆談できるから問題ないよ」と言って割と気軽に行きます。「みんな親切だよ」などと、わかっていない人に説明するように言ってもきます。

 本題に戻りまして、そもそも1000円というのが安くはないと思う方もおられると思いますが、紫砂壺を買うという観点からは無価値な価格です。大量生産品でない単品製作の場合は窯で焼成するだけでも1000円では間に合いません。工賃や泥代、流通料などは出ません。しかし一般にそれなりの急須を買う場合、スーパーで見ますと1000円前後で購入できます。左のものは100円ショップの商品で、工作は荒くはなりますがこれでも使用には問題ないと思います。どのようなものであれ、これぐらいの価格帯だけしか接する機会がなかったのであれば「泥で水の味が変わる」というのは全く理解できないであろうと思います。実際百貨店に行って、陶磁器の販売所で作家物の何かを眺めて泥の傾向や釉薬の成分と味の関係について簡潔な質問をするだけで、ちょっとおかしな客だと思われてしまいます。かといって、水の味が変わるぐらいの陶磁器はかなり高価なので、普通は手に取ることもありませんから、そういうものに接する機会を得るだけで大変なことです。一方で魯山人の名言にもありますように「金持ちに目利きはいない」とも言われ、金が有りすぎると世の中のものが簡単に手に入り過ぎ、あらゆるものを軽んじてしまう傾向に陥りがちだとされます。こういう理由で本当に良いものを見出す人は少ないという状況なのだろうと思います。

 紫砂は本場の宜興では枯渇(実際にはあるが採掘禁止)しており、その後中国各地で捜索されまだ現在でも採掘されています。しかし泥の品質は必ずしも優れているとは限りません。本物の紫砂には違いありませんが、肝心の効能はあまりないというものがあります。こういうものも必要であって、例えばレストランなど高級品を使うのが躊躇われるような場所、しかし紫砂を使いたい場所のために安価に製造することが必要になってきた時に必要な泥というものがあります。それも使うのが勿体無いということで、表面にだけ本物の紫砂を塗布するなども行われています。3000円ぐらいになってくると、基本的にはそれはレストラン用のクォリティだろうと思います。悪い訳ではないのでこういうものをどう看做すのか、その辺りは個人の判断になると思います。

 それらは高温で硬く焼き締めてありますので、弾くと金属音がします。店頭で蓋を胎に打ち付けて確認する人がいるらしいですが、そういうことをして割れたら「不良品」とか言うのでしょうかね? 恐ろしい客です。安い方が割れにくいんじゃないですか、世界のどんな陶磁器でも・・。正規の工程を踏んだ本物の紫砂壺は打ち付けると鈍い音がします。胎の中は適度に密度が低いので明瞭な音は鳴りません。薄胎の朱泥で割と大きめ、150ccとかそれぐらいになってくると低温で焼いたクラシックなタイプは使っていたら結構割れますからね。何万もする高価なものなので金継などするのですが、それを織り込み済みで購入するというぐらい割と脆いのです。この種の壺は特定の顧客にしか販売しないことがあるのはそのためです。温度差で割れるので冬場は掌で温めてから湯を注ぐなど気を遣います。本物の紫砂壺は100℃の湯を注いで耳を近づけると炭酸水のような音がします。湯が胎に染み込む音です。そして茶壺の外観は色が濃くなります。この時に蓋は閉めないでおきます。閉めずに耳を近づけるとよく聞こえます。しばらくしたら音は消えますので、それから蓋をしてみます。そうすると胎の色が濃くなっているのが蓋との比較でわかります(非常にわかりにくいものもあります。砂質が強いものはわかりにくい傾向はあります)。安価な紫砂壺はカチカチに焼いてあるものが多いですが、あまりに高温で焼くと泥が結晶化して磁器になってしまいます。安いのは養壺できないと言われるのはそのためです。古い壺を買った場合、気泡の音がしないものもあります。使っているとだんだん茶の油で詰まってきて、やがて音は出なくものもあるからです。新しい泥はまだ目が詰まっていないので吸水が激しいのですが、雑味だけでなく旨味も全て吸ってしまい、茶の味が全くしないことは普通です。そのためしばらくは茶につけたり鍋で壺ごと煮たりすることがあります。やがて雑味だけを吸うようになります。新しく買ってしばらくは味のない不味い茶を飲まされ、数日後に突然化けます。この化けるというのは中華伝統なんでしょうかね。二胡も化けますし、使って育てるというところに独特のものがあるような気がします。長く使って自分の色に染めていきます。そうしますと何とか早く化けさせようという考えになります。不味い茶壺でしばらく淹れるのもしんどいし、どうしても最初の処理が必要です。これを「開壺」と言います。茶壺を水で濯いだ後に熱湯を掛けて消毒し、湯を張った鍋に茶葉と茶壺を入れます。湯に茶葉を投入しているので良い香りがします。しかし茶壺を入れると香りは消えます。とりあえず少し混ぜながら1分ぐらいで茶壺を取り出し、鍋の茶を少し飲みますと全く味がしません。これぐらい吸われます。この道理であれば、茶壺を鍋で煮るのはあまり意味がないことがわかります。煮なくてもすぐに吸収するわけですし、如何にフレッシュな茶水を通すかが重要なわけですから、吸ったら捨てて乾燥のサイクルが重要ということになります。そうしますと一般の使用法が一番良いということになるので、開壺は適当なところで打ち切って見切り発車することになります。しばらく使っているとだんだん光沢も出てきて、湯を入れただけで香るようになります。これぐらいになると旨い茶が淹れられると思います。上記の過程で茶壺を茶湯に沈めますが、これは好ましくないという人がいます。外側はあまり茶を染み込ませない方が良いということで外は熱湯を注いで綺麗にしたりします。しかし最初は沈めるぐらいでないとなかなかすっきりしないのも確かです。辛抱強く何度も茶を淹れては捨てるを繰り返してから使う人もいます。磨くのも良くないとされます。すぐに光沢は出ますが、すぐにカセてくるしまだらになってしまうからです。茶壺を煮るのは多くの販売店が嫌がります。壊れる場合もあるからです。うちの壺は添加物を入れていないので煮ないで下さい、などと言われます。偽壺は湯を通すと異臭がしたりするので煮る人がいるんですね。健康に悪いのでそういうものは捨てた方が良いと思います。しかしうちでは捨てたりはしません。

 何かをごまかすために表面処理をしている偽壺が必ずしも泥の質が悪いとは限りません。そもそも偽壺なんてものは明代からあるわけで、そんなに古いものなら泥が良いので偽だろうが何だろうが関係ないわけです。もちろん学術的見地からの真贋は博物館などにおいては重要ですが、我々には関係ありません。もし良くない泥だった場合でも勉強しておかないとまた同じようなものを摑まされるリスクを軽減する意味でしっかり見ておきたいものです。それから売っても構いません。なぜならそれは本当は価値があって自分がわかっていないだけかもしれないからです。他の人には素晴らしいかもしれず、変わった泥を探している人もいますので主観で判断することはできません。しかし本当の毒壺はどうしようもないと思います。

 泥が単一の鉱源のものではなく調合したり化合したりしているものを見分ける方法の1つは、その壺が育つかどうかとかその効果でわかるとされます。養壺と言います。化合壺は清末より作られていて今でも大師と言われる人が、しかもコンクールに出品するような作品で化合泥を使い、隠すどころか普通に公表もするということがなされていて、芸術面からは容認されます。なぜなら単一鉱であればバリエーションに乏しく優良な泥は見栄えが冴えませんから、最新の技術を使って優れた作品を作りたいという方向は普通のことだからです。だから購入された壺が育たないものであってもショップにクレームは避けていただきたいと思います。そういう文化なんです、そういうものもあった方が良いですし。調砂と言って金とか色々ありますが、そういうものを混ぜてデザインにするようなものは清代からあって、その中には国宝級の作品すらあります。もちろん泥を重視しているとする条件が前提にあっての販売であれば色々混ぜているのを伏せているのは問題だと思いますが、そこはさすがに日本でごまかしているところはないと思います。中国人が多いので保証はできませんが。商業というものはなぜか安価なものを買われる方に限ってクレームが多いですが、安いのを買ってそれが育つ壺だったらむしろその方が驚きで、買うときに確認して主人から「大丈夫、大丈夫」と言われて本当に大丈夫と思ったら買い手の方が悪いぐらいに思っておいて下さい。なぜならわかっている人は安い壺は検討すらしないしパッと見たらわかるのでそういうことがわかっていない人に適当なことを言うのは当然、まともなことを明確にはっきり言うと逆に恨まれたりしますし(弦堂においてはしばしば発生する事例)、こういうことを言うと驚かれるかもしれませんが、安壺販売の店主も薄利多売でいい加減な訳で、大量生産の壺で膝を突き合わせて長時間じっくり吟味されても迷惑だし、そこは前もって買う方がしっかり真面目に勉強していただくしかないんじゃないですかね。安壺を俎上に挙げて論じる内容も豊富とは思えないし「これ、金型でパカっと開いたらかぐや姫みたいに出てくるんですよ」みたいな馬鹿馬鹿しい論議をしてもしょうがないと思うのです。それで中途半端なものであれば最初からやめた方が良いと思います。

 そもそも育つとはどういうことなのでしょうか。表面の色が濃くなってくるのです。泥とか淹れる茶にもよるので速度はそれぞれですが、緑茶だと遅いし紅茶だと速いですね。構わずにそのまま使い続けると茶の油でギラギラしてきます。一般に外山料(原鉱についてを参照)は養壺の効果があまり良くないとされます。正直どういう基準で良いか悪いかを判断するのかわからないですが、何かの単一の泥で本山だとこうなる、外山だとこうなるというサンプルを知っていないといけないのです。かなり専門的な領域ですが、一般の人でも自分の買ったものが果たして本物かどうか知りたいということはありがちです。それで原器のようなものを購入するということがあります。ある泥が原鉱と偽っている可能性のある場合、その泥を供給している外山があります。その外山料を買います。そして育てて比較します。面倒ですね。初めから信用できるところで買った方がいいんじゃないかと思いますね。本山は艶やかで美しくなりますが、外山は砂っぽいんですね。だけどどうなんでしょうね。砂っぽいのも良いですよ。本山でもそういうものはありますし。問題は茶が旨いかどうかなので、そのうちどうでも良くなりますけどね。初めから外山という前提で買っていれば尚更どうでも良いですしね。そこそこの価格だったのなら、そこら辺は柔軟に捉えたいところです。明代の壺なんかは外山もあるのでそういうのに憧れると砂粒感がある方が良くなったりしますからね。野武士のような感じですかね。人間とは実に勝手なものです。敢えて外山料狙いもあります。中国の大手の茶商は紫砂茶壺を開壺してから販売するようです。このように店頭に並んでいる茶器は中を覗くと茶葉が少し残っているものさえあります。泥の匂いがすると嫌がる顧客がいるし処理は面倒でもあるので、少し茶を吸わせてから販売するということなんでしょうね。後ろの列に朱泥が3つあります。いずれも台湾の有名なメーカーで陸羽のものです。初めて見たのでしっかり観察してきたのですが、泥は独特ですね。中途半端に荒いのです。潮州は200目、宜興は今でも良いものは40目、60目でも良いですが、機械でハンコみたいに作る分は120目とかそれぐらいあると思います。台湾有名メーカーですからそこはもちろんハンコなのでしょうけれども(ちなみにここでハンコなどと揶揄しているものは公然の秘密であって、そういう工場などは隠されたところにある、我々が宜興に行って見学は絶対にできないところにあります。公式には存在しないことになっています。しかし中国の動画サイトでは制作風景を見ることができます。後から丁寧に造形を追い込めば問題ないようにも思いますが、型を作って手工で製造するというそういうものも結構あってコストダウンされていますから一定の人気があります)。話を戻しますと、そういうハンコ系か型に泥を押し当てて固めるタイプなのですが、肝心の泥はどうなのかは気になりますね。台湾の泥なのか、陸羽に聞けばいいんでしょうけれども、まともに言いそうにないので聞いていません。嫌らしい客と思われるのか、或いはそこは中国、結構露骨に回答することはありますね。例えば小さな声で「値段でわかるだろ?」とか日本だと有りえない回答は普通にありますね。そうすると「これは外山料だろうな」とわかります。価格は400~550元でした。朱泥でしかも陸羽、天福を通してですから、そこはもうこれ以上言葉は要らない、わからんとか言いながらフラフラと結論に至りそうな気配ですが、一応言っておきますと、外山料が必ずしも悪い訳ではないし、陸羽がしっかり探して来た(或いは独自に精製した)泥の筈なので、意外と良いかもしれません。悪かったら台湾で一定の支持は得られないと思います。

 勘違いのないように1つ付け加えますと、本来の陸羽は「茶経」を著した茶聖と言われている大昔の偉い人です。現在はこのような形で、中国国家博物館に収められております。

 朱泥の茶壺が全て、湯を注いだ時に気泡の音がするわけではありません。弦堂の調査では一般の常滑は全く音がしません。湯が浸透しないものは良くないということは必ずしも言えませんが、中国紫砂は湯が浸透するものであるということで、これは1つ参考になる条件です。それが"砂"と言われる所以だろうと思います。我々が小学校以来、縄文人について誰でも知っている特徴というのは彼らが土器を製造するということです。やはり食べることは優先されるので、水や食料の保管のために土器は必要だったのだろうと思います。そしてこれらが朱泥だということも多くの人が知っています。鉛のような暗い、魅力的とは言い難い外観の無骨な壺が出土しています。中国の明清代の名壺も同様に鉛のような色です。冴えません。むしろ見方によれば現代の100円の壺の方がはるかに魅力あると感じられるらしく訪問者の中にははっきりそう言う人もいる程です。優れた泥は冴えません。鈍い外観です。そして中国の紫砂は水が浸透します。さらに内陸に入ってチベット圏に到達しますと「黒砂」というものがあちこちから採掘されています。もちろん原始時代からですが、この辺りでは朱泥は出ないようで、代わりに黒泥を使っていますが、これがまた優れているということで土鍋や漢方用の煮鍋に使われています。これは非常に水を吸います。水を貯めて置いておくと水が底から漏れてくるぐらいです。まさに砂なのです。実際の色は濃いグレーです。これがまた外観が冴えません。レンガのような死んだような佇まいです。これは最初に麺や粥を炊いて一晩放置し、漏れ止めをしっかりやってから使います。強火は割れますので中火以下で扱いますが、面倒なので時々強火を浴びせてやると、表面から泡と水を吹きます。それで手加減してやり、ほとぼりが冷めた頃にまた強火で虐めるとまた吹きます。汗のようにダラダラ染み出してきます。それが粥などの粘着質のものに変わってきたら火を止めて放置します。翌日には完全に塞がっているというわけです。一回これをやるとそれ以降は普通に料理に使うことができます。面倒なので購入時に追加料金を払ってやってもらう人もいます。黒砂で鍋をやると味がとても良いのですが、日本人は中国でいう清湯よりも湯に近い、ほとんど湯だけで鍋をやることもあるし、何れにしても中国のようにいろんな香辛料を入れたりはしませんから、しばらくするとまた水が漏れてきます。最後は必ずおじやをやるとか気をつけないといけないので面倒です。日本人はやはり萬古焼でしょう(最高のものは伊賀焼だと言われますがほとんど同じものだと思います)。これは漏れないように作ってあります。紫砂も水は漏れるという人はいますのでそういうものもあるようですが、小さいし茶を飲む時だけですので気にする人はいません。うちのはどれも漏れません。この吸水性は中国陶器の1つの特徴と言えると思います。

 養壺可能なそれなりの価値のある茶壺を入手しようと思った場合、紫砂であれば普通は中国でも1万円では足りないと思います(いけるのもあります)。普通は2万円ぐらいからで考えると思います。骨董を回ればもっと良い泥のものが見つかりますがそれでも5000円は要るし、そもそも骨董街を100箇所(100店ではない)を回って幾つ買えるのか、全く見つからない可能性もあるし、中国全土を移動して交通費も時間もかかります。それで弦堂の場合はわざわざ行くことはありませんが、少し遠回りして違う都市にも立ち寄ることはこれまで何度もありました。それぐらい捜索は難しいので一回良い出物があったら同じところへまた行くこともあるぐらいです。メインのターゲットは古楽器ですので、茶器は基本的に狙いませんが、あれば全部流して見たりします。これぐらい面倒ですし、日本では良いものが3万円ぐらいで買えますので、そういうものを買っておくのが手っ取り早いのではないかと思います。そういう高級品の中には、え?と思うものもあるのでしっかり見て購入するようにしてください。

 弦堂の私物で楽器の場合は基本的に4把の枠で考え、1把であらゆる音楽を演奏しようとは考えず、古楽器に北京派、上海派、蘇州派で蛇皮を張り、さらに古い皮の4把で組むとそれぞれ全く違った音になるので、それで楽しんでいると別のところに書いてあると思いますが、ここで新たな楽器を獲得した場合、枠は4と決まっている以上、放出しなければならないともご説明していたと思います。こういうやり方は他の文化では考えられないと思います。例えばバイオリンであれば普通1把で十分です。茶器にしても日本の場合は何か1つで十分です。煎茶をやるなら急須が1つで何も問題はないと思います。侘び茶の創始者と言われる村田珠光は茶碗を1つしか持っていなかったと言われています。季節に合わせるとかそういう様々な事情で他のものも収蔵ということはあるかもしれませんが、茶そのものの味わいのために幾つか必要ということはないのではないかと思います。中国茶壺も朱泥であれば大概の茶に対応できるとは言われますが、ガラスが手堅いと考えている人が多いという事実が、朱泥でも合わないものもあり得るということを示しています。合うのであればガラスよりも朱泥の方がはるかに甘い茶が淹れられます。そういう部分に対する様々な茶への対応を考えるとこれもおそらく4つがバランスが良いような気がします。こうやって似たものが何かと増えてくるのは中華の独特の文化だろうと思います。そこでどこか一箇所に不満を感じるとそこが補強ポイントとなり、入れ替わりで放出したりします。茶も色々あるだけにここはかなり難しいところです。それで放出は急がずしっかり手元に置いて見極める方が良いと思います。

 その中に入ってくるもので白磁は1つあると思います。カオリンを含む白磁はクリームのようにぼってりとしています。写真の例は上2つは九谷の急須の蓋と胎の内側ですが、これだけ厚みがあると茶が甘くなります。左の例はインスタントコーヒーを入れているものは宜興の白磁で、黒緑石のスプーンを使っています。ステンレスでは味が変わってしまいますので使用しません。可能であれば銀が一番良いようです。この白磁も先ほどの九谷と同様ですが、こちらの方が本物のクリームのような厚みがあります。これぐらいになってくると砂糖は不要です。勘違いのないように注記しておきますが、何かの鉱物成分が水に溶け出す訳ではありません。遠赤外線みたいなものだと思ってもらって良いと思います。左上は汝窑ですがこれもコーヒーや紅茶、緑茶が甘くなります。蓋碗は杯に使えますし急須の代わりにもなりますので場所を取らずに良いものです。白磁の効果はかなり強力で驚かされる程ですので、逆にそれが理由で使えない茶もほとんどありませんが、一部あるだろうと思います。優れた白磁の見分け方で中国人が割とよく言うのは、水の乗りが違うということです。普通は水で濡れる感じになるのですけれども、優れた白磁は朝露のように水を適度に弾いて乗せているように見えます。



 百貨店に行きました時に珍しい黒釉の茶碗がありましたのでじっくり見ますと、店員が常滑だと言うので驚きました。よく見ると確かにそう表示してあります。そして製作者は杉江善次とあります。作家名を見てもほとんどわかりませんので普通は気にしないのですが、常滑朱泥急須の創始者は明治時代の杉江寿門です。常滑で杉江姓を名乗っている上、作陶しているということになるとこれは安易に聞き流せませんが、よくわからないのでとりあえずは茶碗の裏を返して眺めます。高台あたりを見ますと独特の泥を使っていることがわかります。全体に真っ黒の釉薬が被せてあるので店員に「これは鉄釉ですか」と尋ねます。わからなかったのですが、箱の中に説明書きがある筈だということで倉庫から在庫分を持ってきます。説明書は見つからなかったのですが、碗は展示してある方ではなく、その箱に入っていた方を持ち帰ることにします。



 黒釉というのは天目茶碗など古来より製作されていたものですので新しいものではありませんが、あまり見かけないように思います。これは黒釉に金粉を混ぜています。そして釉に水分が染み込みます。上の真ん中の写真では染み込んでいる様子がわかります。常滑のこの手は高温でしっかり焼き締めてあるので外側まで漏れ出すことはありませんし、使い込みで育つようには作ってはいないように見えますが、しかし味は変化してきます。最初に茶を淹れて飲んでみた時に、水との相性が良くないと感じたので、茶の出がらしを入れて数時間放置して馴染ませました。落とし蓋は不要だったかもしれませんが、こうすれば湯の温度がすぐに下がるのを遅らせることができると思います。この状態でしばらく放置しますと、これだけでも結構馴染みました。そして金色がすっかり茶色に変わりました。茶を注ぎますと細かい茶葉の破片が底に溜まりますが、ここに金の溜まりがあると細かい茶葉がキラキラします。そして使っていくと段々と燻んだ無骨な味が出てきます。色がどんどん濃くなって渋みを増しています。

 一口に日本緑茶といっても色々ありますが、大体のイメージは共有されています。独特の自然の香気であったり舌触りですが、日本の茶器の場合はこういう特徴を活かすような作りになっているように思います。この黒釉常滑も同じでした。ソリッドな味わいです。白釉とは真逆の特徴です。しかし黒釉の方にも多少の甘さはあります。それでも甘さより香気を重視している感じがします。そういう特徴はコーヒーでも顕著に表れます。コーヒーでコクを引き出すと苦味も伴いますが、苦味だけまとめて実に飲みやすい、それでいてソリッドなコーヒーが楽しめます。白釉も苦味は消しますが、甘くしてしまいます。好みは分かれそうですが、どちらも充分に説得力があります。しかしビールであればどうなのか、白磁で飲んでも良いのですが、日本のこういう荒い泥のもので注いだ方が深い味わいが楽しめると思います。ウイスキーを飲むと金の輝きが若干回復しますが、含まれているフェノールで釉薬の酸化鉄が化学変化を起こし深い青が現れます。この宇宙のような青はたいへん美しいので全体に振りかけたくもなります。写真の例では底だけ青化しているように見えますが、光の角度によって見え方が変わり実際には上の方まで青くなっています。飲むわけですから自然とそうなるわけです。白釉は全く育たず常に一定の結果を出しますが、黒釉に荒い泥を使っている本作は使うほどに徐々に舌触りに角が取れてきます。色合いも深くなってきます。陶器ですので、そうしますと白磁だと必要になってくることがある茶渋を取るという手間がないということになります。取る人もいるとは思いますが、どちらかというと古い雅な感じに変化してくるのを楽しむものと思います。

 質の良い泥のものを入手するのに必ずしも高額が必要ということはないと思いますので、その辺りは難しいところだと思います。値段でグレードが分かれば誰でもわかりやすいのにそうではないこともあるからです。特に白釉の良いものは見る目がありさえすれば骨董で結構安く買えると思います。泥の質で水が変わるということを意識して茶器を見てみてください。

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