茶器について - 二胡弦堂

 

 茶器に何を使うかで茶の味は激変します。そのため茶を評価するために、まず必要になってくるのは茶の味に影響を与えない茶器です。これは意外と簡単ではありません。全くフラットというのも必ずしも良いとは言えません。意外ですが良くありません。茶の評価という観点だけで言えば、茶の良さを邪魔せずに引き出せる茶器が良いものです。しかし多少なりとも個性を持ってしまっていると特定の茶との相性が悪い場合があります。そのようなこともなく、ストレートにその茶葉本来のキャラクターを明らかにするような原器のようなものがまずは必要とされます。こんなものは要らないと思うかもしれませんが、いろいろな茶を嗜むのであれば、また茶器をいろいろ持っている場合、一旦原器で確認を取るということはありがちなことです。

 もちろん、特定の茶以外は飲まないという場合はその限りではありません。日本の煎茶しか飲まないということであれば、おそらく最良のものは常滑(写真の朱泥急須)で、抹茶だったら一般には備前と言われます。しかし遜色ないものは他にもたくさんあります。紅茶であれば英国を中心に欧州の王室ブランドの茶器が合いますので最初からそういうものにしておけば無難だと思います(ですがうちには欧州ブランドのものはありません。紅茶も日本か中国のものを使っています。 西洋物よりも東洋の方が優れているので当然だと思っているのですが、これは個人的な趣味であって実際欧州製も優れたものはたくさんあります)。

 茶をあれこれと試すということで全く普通の茶器が求められる場合、オーソドックスなものとしては無色透明のガラスが挙げられます。ピュアなガラスです。色が多少なりとも入っているとその成分が何らかの影響を与えますのでそういうものは避けます。高級なバカラのようなクリスタルガラスは鉛を含めてあるので好ましくありません。もちろんワインを飲む用途に限定するのであればこの方が良いのですが、茶の素性を知る目的には不適切です。鉛はワインの味を高めます。毒物ですがガラスに化合させてある分には問題はありません。かつて古代ローマではワインの中に鉛を足す人がおり、発掘された当時の貴族の屍を調査すると異常な量の鉛が体内から検出された例も結構あるようです。鉱物というのは水に影響を与えます。いわゆるパワーストーンなどと言われるものもそうです。そこで耐熱ガラスを使った茶器、できれば有名メーカーとか百貨店で売っている純度の高いクォリティのものが1つあれば、茶葉と茶器の相性に悩まされることはないと思います。100円ショップのものでも良いのかもしれませんが、それは実際に確認してみないとわからないし、そうすれば有名メーカーの製品が何でちょっと高いのかもわかると思います。

 ガラス以外の茶器の場合は鉄分が含まれた泥を使います。鉄は主要成分ですが、その他のミネラルも水に影響を与えます。釉薬もかなりの影響があります。このあたりのバランスを考えて茶にとって丁度よい設計の白磁の茶器があります。湯呑とかマグカップと比較するとかなり薄いもので、酒杯よりも薄いものが多いです。茶の評価のためには、ガラスか白磁、大陸では白磁が多いです。白磁は茶に対する影響がポジティブです。フラットではありません。ですが、丁度よいバランスです。茶の販売店の多くは白磁を使って客に試飲させています。白磁は景德鎮など中国ではカオリンという鉱物を使うことで真っ白を得ていました。

 英国ではカオリンが産出せず、代わりに牛骨を灰にして使うことで白磁を製造していました(ボーン・チャイナは「中国の骨」の意)。しかしカオリンと牛骨では水に対する影響が異なります。欧州ではボーン・チャイナを薄胎に仕上げ紅茶の香りを引き出していました。厚めであれば、何の特徴もなくなるからでしょう。これは茶に対し、プラスアルファを求めたものです。香りを引き出す目的ですから、これで茶を評価しても問題はないでしょう。フラットよりもむしろ茶のポテンシャルがわかりやすくなります。カオリンを使う中国でも明代に薄胎の茶器を非常に複雑な工程と欠品率の高さという問題があっても構わず製造しており、使う材料は異なりながらも高級品に関しては薄仕上げにこだわっていました。現代の進歩した工業力を手にした中国はかつては製造困難だった多くの茶器を薄胎で製造しており、 それでも高価には変わりありませんが、以前のように貴族や富豪しか手にできなかったようなものが一般の人でも無理すれば買えるぐらいの価格にはなっているので現代はとても良い時代です。これは茶に対する影響を最小限に抑えて香りを引き出すものです。

 陶器でも薄いものがあります。写真の茶壺は100ccほどのかなり小さなもので広口、泥料は段泥ということで南京の骨董市で購入したものです。緑茶専用と考えた方が良いらしいもので、泡法は先に湯、或いは茶葉の2種があり、違いは香りの立ち方、茶器は予め温めるのでそこへ茶葉を投入すると熱で香りが立ちます。湯が先に入っていても同じなのですが少し違うわけです。いずれの場合も蓋はしないとのことで、そういう泡法の茶器はこのように口が広くなっています。泥と鉄分が分離していて、鉄が粒状になっています。

 一方で、泥の特性が特定の茶に対して有効に作用するのであれば、それも積極的に使っていきたいところです。しかし茶壺(急須)と杯、さらに茶海(公道杯)の材料がそれぞれ異なっていれば、特徴が衝突し茶本来の特徴を潰してしまうこともあります。それで方向性を茶壺で決めたのであれば、 それ以外は極力影響を与えないものとすることで混乱を防ぐのがベターです。あるいは全体を同じもので統一するか、相性を充分に確認した上で組み合わせることになります。かなり面倒なので、茶海はガラスで逃げておき、杯は白磁とされるパターンが王道化され、そういうものを茶店で試飲するたびに見ることになります。プロの茶商の場合は、販売する茶の特性をそのまま顧客に提示する責任もあるのであまり茶器で変えていくようなことはしません。しかしよりよく販売したいという気持ちもありますから、試飲する茶葉を変えると茶器も変えることが多々あります。近所のスーパーには写真のようなコーヒー用のものであれば見つかると思いますので、これを茶海として使うこともできると思います。左は弦堂私物の台湾・三希製茶海です。非常に厚手で気泡も見受けられますが、材料は高純度です。使い勝手もこういう専用のものの方が良いと思いますし、価格もコーヒー用の物より安価です。 杯にガラスと白磁の選択肢があって、そこで白磁が選択されがちな理由は、ガラスだと少しきつい、舌に少し刺すようなソリッド感が気になることがあるからです。ガラスはナチュラルなのでストレートに茶葉の個性を明らかにします。しかし良質の白磁はそこを丸めます。しかし、特定の種の緑茶においてはソリッド感が持ち味である場合もあるのでその場合においてはガラスが使われることが多くなります。特に四川で多いです。使われている茶器に注意を払うことで、その茶のキャラクターが幾らか理解できることもあります。茶葉を買った場合、それらを踏まえた上で帰宅後に自分の茶器で自分好みの方向に振ることでよりポテンシャルを引き出すという考え方がなされるものと思います。

 有名な言葉に「茗必武夷,壶必孟臣,杯必若深,三者为品茶之要,非此不足自豪,且不足待客」というものがあります。意訳しますと、茶は必ず武夷山茶、茶壺は宜興紫砂、杯は白磁、この3つは茶の要、欠ければ満足できず、客をもてなすこともできない、という意味です。武夷山は烏龍茶や紅茶の発祥地なので、優れた茶全般を指しているのだろうと思います。孟臣とは明代の恵孟臣のことで、現代に引き継がれている茶壺造形の発祥者、彼の名は即ち宜興紫砂壺全般を意味します。若琛というのは清代景徳鎮の名工で、薄胎白磁杯の代名詞です。紫砂から白磁への受け渡しというところに最高のバランスを見出しています。中国では茶を嗜まない一般市民でも概念は知っているものです。

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