具輪珠について - 二胡弦堂


 日本の茶器は歴史上、常に中国からの影響を受けてきて、やがて袂を別ったのは日中戦争(1937年)の少し前のようです。現代の日本は中国茶というもの自体が特殊な位置付けのものであるし、ましてや大陸の茶器となるとほとんどの人がよくわかりません。日本茶もなんとなくであって、なんとなくコーヒーや紅茶を飲んだりします。酒には強い関心がある人が多い反面、茶となると「まあ、たまには・・」という感じになります。昔は茶ぐらいしかなかった、茶を飲まないなら白湯ぐらいしかなかったとか、酒は男の飲み物だったとか、いろんな事情が考えられそうですが、ともかく30年代まで中国というとかなりの文化的影響力を持っていました。今時の茶人というと、ほとんどの人が国内のものを使います。唐物も使いますが、唐物が最高とか高い位置にあるということはありません。情報網の発達で中国がわかっちゃったから、もういいかな、になっています。しかし清末から民国期の中国文化は非常に高度で日本人をも魅了する水準にあったことは確かです。国宝級の作品もたくさん作られた時代でした。

 清末に中国で大砲のような注ぎ口に丸い胴を持った、とりあえず必要最低限のものを備えただけという、いささか作りの荒い、そういう茶壺が製作されました。これが当時の日本の茶人たちの心を捉え、かなりの数が輸入されたと言われています。日本で1874年(同治13年、明治7年)に刊行された《茗壶図録》また1875年(光緒元年、明治8年)刊行の《清湾茗醼図志》にこの茶壺の記載がありその名が“空輪珠”とされています。そのため「具輪珠」(ぐりんだま)という言葉が定着したのは清末であったと推測されています。

 具輪珠は元々、明代に作られていた大壶をミニチュア復刻したものであると考えられています。潮州茶界で小さくされ、それが日本に伝わり、日本の茶人と明代の精神が合致したのではないか、そのように想像されています。奥玄宝(海鮮商人から衆議院議員、文人)は《茗壶図録》の中で具輪珠を別格としています。しかし大陸では昔から今に至るまで全く人気がなく、日本で人気があると聞くと多少は見直すもののよくわからないという状況なので(中国でも具輪珠が大好きという人はいます)、清末から民国にかけて大量に輸出された時期は日本の特注だったのであろうと推測されています。中国は古代より陶磁器を海外に輸出していましたのでそのために主に高級品を作る伝統があります。それなのになぜ日本に歪な"不良品"が渡ったのか、良からぬ商人が粗悪品を売ったのではないか、それが意外にも大ヒットしたのではないかなど、様々に分析されていますが、よくわかっていません。最高の科学技術を有していたかつての中国がより完璧を目指して陶磁器を作る、しかし日本人は虚心坦懐で何も足さない、欠陥を認めても自ら足りて求めない、自然のありのままを容認するといった精神性を重視するというこの立場の違いの中から具輪珠が生み出されたのは興味深い現象です。この日本人の精神と明代の古い伝統が時代を超えて融合した、それが具輪珠の中に見出せると言えるでしょう。そしてそれが唐物という、当時のいわゆる遠い国から来たものによって表現されたという点も興味深い事柄です。

 日本で具輪珠熱が高まったので、1878年(光緒4年、明治11年)に常滑が製作すべく宜興から職人を招聘しました。金士恒という人物でした。彼の技術はおよそ宜興の職人とは思えないほどの拙いものでしたが、具輪珠を作るのに障害とはならなかったようです。彼の作品、彼から学んだ常滑陶工杉江寿门らの作品は現在、常滑の資料館で展示されています。それ以降、50年ほどの期間、宜興から多くの具輪珠が輸入され、また常滑でコピーが作られていました。

 現代人の我々から見た場合、この具輪珠、どうなのでしょうか。中国には伝統的に素晴らしい造形があっていずれも十分な説得力がありますし、それらは数百年もの期間、時代を超えて支持されています。それらはふんだんに美意識が盛り込まれています。それらを全部捨てたような具輪珠、色々極めたら最終的には原点に帰るような、そういう魅力が現代でも十分に感じられます。不思議なことにこれほど飽きがこない造形はないような気がします。歴史的な具輪珠の写真を集めましたので鑑賞して見てください。

歴史的具輪茶壺

 こうして中国の泥が入って来たり、また日本の泥でも製作したりと色々使われていたわけですが、日本茶だけではなく中国茶であっても中国の泥は無くても基本的には困りません。どのタイプの茶も普通は白磁で間に合うしそれで十分だからです。それでも江戸時代より宜興朱泥が極めて珍重されてきたことを考えると1つ入手したいと思うようになります。必要性は必ずしもない、だがそれはあまりにスイートなのです。骨董の宜興朱泥をヤフオクで見た場合、安いものが結構あります。そこで詳細に見ると偽が多い、そもそも製造法が違うだろう感じで、だけど偽にしてはうまく出来すぎているものも散見されるので、じっくり順に眺めますと、これは江戸あたりに日本で作った宜興のコピーだとわかってきます。もし本物のコピー(つまり宜興を模した日本朱泥)に当たったらそれはすごく良いと思います。ただ宜興と同じ特徴は出ませんけれども、そこをわかった上で狙う人は多いと思います。こういう古いものは泥が良いのでどのようなものでも満足できると思います。だけど外観はかなり重要です。やはり見た目の良くないものは満足感が下がります。それで本当に良いものを求めようという気になります。そうすると具輪珠は全然違うものに感じられなくもありません。しかしただ1つ持つなら具輪珠でしょう。本当に良いものとはどういうものでしょうか。いわゆる今風の表現で言うと、最近は世間でゆるキャラなるものが結構出ているようですが、ある意味でユルさがないと愛されないということがなかなか中国人にはわかってもらえないんですね。どうしても虚勢を張ったものが多いのです。逆なんですがね。人は欠点を愛する生き物なのですが、欠陥品は売れませんね。文化水準が一定以上でないとその辺はわからないのです。大陸物は立派にきちんとし過ぎているのです。遊びがないのです。どこか間抜けなところが欲しいのです。いわゆる可愛くないとアウトなのです。偉大な風格と可愛さの両方がないといけないのです。唐物でそういう要素を最高度に満たしているのは何か、それは具輪珠に他なりません。

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