茶盤について - 二胡弦堂


 中国の半発酵茶(烏龍茶)から重発酵茶の幾つかの種類は注いだ湯を茶器から溢れさせてアクを流すとか茶壺の蓋をした時に密閉性を高めるといったことが必要になることがあります。こうした茶の淹れ方は本来、閩南地方(台湾も含む)特有のもので他の地域ではなかったものと思われます。しかし閩南・台湾は茶の重要な産地ですので、これらの地方の茶を淹れるのであれば、閩南の方法を採用するのが一般的です。今はどこでも閩南方式、潮州式とも言えますが、これが普通になっています。

 茶の産地は閩北からさらに北の長江沿いまで広がっていますが、北部エリアでは湯を溢れさせるということはなかったようです。蘇州のような裕福な地域では建材のレンガを置いて、その上に茶器を配していました。千利休も堺商人の主、大富豪でしたが、茶会において青竹を切っただけの盃を用意するなど、裕福な人ほどこういうことをやりたがるので、蘇州人がレンガでよしとしたのも同傾向と言えると思います。右の写真はその流れで現代の製品として販売されているものです。左は金砖と言われる宮廷の建築に使われたレンガで蘇州産のものをくり抜いたものです。

 これら昔の材料を使ったものに共通するのは、茶渋が染み込んでより味わいが出るということです。白い器を使うにしても毎回洗って綺麗にすれば良いというのは物によっては可能だと思いますし、普通それが当然で、そうでないと杯の内側の茶渋が取れないようでは困るわけですから、茶盤も洗って綺麗にすればそれで良いと思います。しかし茶盤というのはどういうわけか色素が残りやすい、おそらく接触面に水分が溜まるからだと思いますが、これが取れないという問題が起こりがちです。そこで染みを許容するやり方と、完全に対策する2つの方法があります。

 潮州で伝統的、一般的なものは、錫の茶盤です。銅でも良いような気はしますが、どういうわけか錫が重用されます。贅沢です。潮州人にとって茶がどれほど重要かを示すものと言えるかもしれません。これだと茶渋の問題は発生し得ません。磨けば良いのですが、磨かない場合の方が多いようです。味があるからでしょう(写真例は弦堂のコレクションではありません。これは閩南のある骨董店のものです)。丈夫で陶器より軽いという使い勝手もあると思います。しかし高価という問題があります。そのためか、白磁のものも昔からあります。地元で焼かれていたものや景徳鎮のものもあります。錫の古いものは人気があり、かなり高価格で取引されています。どうしてでしょうか。錫であれば昔のものの方が耐久性があるし贅沢に材料を使っているということなのだと思います。手工品なので味わいもあります。そこで古い製法に拘った復刻品も結構出てきています。日本では一家に1つは急須はあるというぐらいに普及していますが、閩南ではそれと同じぐらい茶盤も広まっていますので、市場には新品、中古に関わらず非常にたくさん出回っています。白磁は現代のように科学的な薬品は使っていません。一見、パッと見た感じは現代の方が綺麗で清潔感もあるし、複数枚購入することもある皿であれば色合いのばらつきもありませんが、飽きやすい工業製品という感じがどうしてもあります。左の写真は現代の汝窯青磁ですが、中国では青磁が非常に人気があるので大量生産されています。非常に綺麗ですがすぐに飽きてしまいます。天然の発色ではないからだろうと思います。確かに世間一般では皿なんてものは物が乗ればそれで良いと思われていますが、そういう向きであっても茶盤となるとちょっと話が違ってくる、食器だと老化を感じることはほとんどない、10年使っても古くなったなと思うことは稀ですが、茶盤というのは味わいが枯れてくるように思います。味を求めるものはどうしても古いものになってしまいます。

 茶盤の主要な消費地だった潮州に対しては周辺の窯も茶盤を供給していたようで、この辺りの沿岸部は海のシルクロード都市が点在していますから輸出品を焼く窯も多く、潮州汕頭以外にも白磁の生産で有名な徳化、欧州向けの漳州がありました。汕頭は東南アジア向けの安価な雑器を作っていました。高級品だったためもあると思いますが漳州窯の古いものは個体数が非常に少ないように思います。漳州窯では哥窯のコピーが比較的市場に残っていますが、哥窯の方も個体数が非常に少ないので、いずれも貴重なものです。欧州でKraak Porcelainと呼ばれて博物館などに収蔵されているもののほとんどは青花(染付)で色絵も少しありますがこれも漳州窯産で、このコピーが伊万里です。漳州窯は日本にも輸出され九州にもたらされたようです。明代中期の鎖国以降もアモイは開かれていたので、この時期に倭寇を退治した軍人らが漳州窯を開いて輸出品を作るようになったのが始まりとされています。清初に衰退した時に職人の多くが景徳鎮に流れ当地の水準を飛躍的に高めました。哥窯ですがこれは青磁の一種なので支持者は常にいるし、貫入が入るという特徴もあります。貫入、中国では開片と言いますが、釉薬を厚く盛ると焼締の時に縮みますからひび割れができますが、これが全面に細かく出るのです。そして長い年月の間に少しづつ貫入が増えていきます。使っていると間に色素が溜まって黒くなります。しかししばらく使っていないとその間にも貫入が増えてきます。新しい箇所は何も染み込んでいないので透明です。上の写真で確認してみて下さい。この例は漳州窯の哥窯コピーのものですが、特に違和感はありません。しかし現代の量産的なやり方で作ってある哥窯などは貫入に染み込ませてある黒がかなり不自然で、それ以上貫入が入らなければそれでも違和感はないのですが、そこに新たな貫入が発生して通常使用で色素が付着すると2種類の異なる沈着があって明らかにおかしい感じが出てきます。右の例は宋代哥窯の偽ですが、これは割とよくできている方だと思います。貫入は自然に発生したものですが、おそらく工場の方で醤油とか普洱茶などそういうものを丹念に染み込ませて販売したものと思います。普通、色素の沈着というのは一定ではないのです。これは黒だけ見ると綺麗に全体が均一に染まっています。漬け込んでしばらく放置したものかもしれません。その後、購入者が通常使用で使っていたと思われ、後から入ってきた貫入に色素が沈着してそこは赤くなっています。中央は少ないですが、縁の方は割とはっきり見て取れます。人工的でない自然なものは不均質です。黒い線は青にも見えますが、青と赤の対照が美しく見えますので、これはましな方です。それでも直に現物を持っていると何か気持ち悪い感じがする筈です。貫入の新旧のグラテーションを味わうという醍醐味が全くありません。左の方は本物の漳州窯で、回転させて2方面から見ていますが、これも貫入に青と赤があります。不均質なのが良いということではないですし、本物を均質に染めることもあると思いますが、2種類の線に異質感はありません。現代復刻哥窯は工場で明確な線を入れて販売していますが、育った時の状態を考えずに入れるからおかしいのかもしれません。もう少しナチュラルだといいのでしょうけれどもそれだと売れにくいのかもしれません。現代のものはいろんな意味で「消費品」なので文人が使えるものは一部の真面目に作っているものを除きほとんどないと思います。こういうことであれば人々が古いものを求めるのは当然だと思います。精巧な偽がかなり市場に溢れているので注意が必要です。コピーでも良いものだったら何ら問題はないのですが、どうしても飽きますね。おそらく釉薬が天然か化学薬品かというところなのだと思います。博物館は国宝級の作品に関しては実は極めて精巧なコピーを展示していたり海外の博物館に貸し出したりしているとされます。スーパーコピーはそういう目的向けですので実際に日用で使うものではないんですね。そういう方向のコピーではないのです。しかし現代でも真面目にやっているところは中国でもあります。正攻法でぶつかっても古いものの良さが際立つ結果になるのは残念ですが、研究は進められているので将来はかなり明るいのかもしれません。一方で、本物は生涯を費やそうと思うぐらい心酔する人が続出するほどの魅力があるので、そこらへんはある程度の覚悟が要ります。宋朝が衰退したのは微宗が政治を顧みず、青磁に心を奪われて理想の青を得るために国家予算を投じたのが原因の1つとされています。しかしその時代の青磁は史上最高の傑作群として台北故宮博物院などに収められており、今尚人々の感嘆と称賛を得ています。偽と本物は天地の差があります。右の例はその宋代に作られて現在、英国ロンドンに収蔵されています汝窯「天青釉碗」です。上掲の現代汝窯と比較してみてください。こういうのはスーパーコピーでも製造不能なのです。

 漳州窯は潮州に近いので、文化的に同じですからそれなりに理解があるということで、それゆえに現代的な製法で作った茶盤を供給するわけにはいかないのは何故なのかよくわかっていたものと思われます。長らく漳州窯の製法は途絶え製造できなくなっていましたが、窯跡から採集したサンプルを分析することで復刻に成功し、左のような茶盤を製造して販売しています。すでに販売者が新品と使用済みのものを比較できるようにこのような写真を提供しています。茶渋が染み込んだ枯れた感じを味わおうというわけです。販売するのは新品の色素が染み込んでいない方です。これは現代にこういうものが作り出された訳ではなく、かつての漳州窯が製造していたタイプで、直径が12~20cmぐらいのこういうものがまだ中古市場で割と出るのです。その復刻ということで使用例を右下に掲載していますが、やはり古くなってきた方が味はありそうです。中国は経年変化を楽しむ「養」という文化があって、こういうものもその1つ、外国にはあまり見当たらない概念なので、これを積極的に楽しむというのも選択肢としてあると思いますから、これは貴重な新作だと思います。中国も文化人が増えてきて偽に怒りを感じたり、日本の仕事に心酔する層が多くなってきたので、だんだん良いものが出てくるようになってきています。もちろん日本と比べればまだまだですが、それはしょうがないと思います。日本は文化が継承されており、平安期から鎌倉に入って全く肌合いの異なる人々が支配するようになっても文化は受け継がれ、その精神は信長に至って大成し、江戸と同時期に京の文化も花開いて平和だった時代が400年もあったのです。例えばここで例に挙げている漳州窯新作ですが、文人が作ったのであれば、周囲の縁の勾配ですね、これがこういう感じではないだろうと、現代の普通の製法で作ってしまっていると思います。この角度は西洋器のものでしょう。ローマ系のエッジですね。部分だけ見ると悪くはないのでしょうけれどもミスマッチではないかということ、一貫した概念やビジョンに欠けているのではないかというのは残念ながら感じられます。スーパーに置くのであればこの方が良いと思いますが、文人に販売するのはこれはどうかと思います。それで結構市場で売れ残っています。そういうのは日本人だと0.1秒で即わかりますが(特に女性は素早くジャッジしますね。男性は少し時間が要りますが)、外人はよほど専門家でもない限りわからないですね。しかし中国では買う方は素人でも実態はほとんど専門家ですからね。作る方が、つまり一般人の底上げが今一つなんですね。それともう1つ、胎を白にするのであればもっとクリーム系のこってりした感じでないと東洋にならない、それよりも多くの人が求めているのは青磁なんですね。青かあるいは米色でも良いのです。これは染まってくると米色になっていますが、これは違うんですね。染めじゃなくて鉄分の酸化による深い色合いでなければいけないのです。これじゃ何なのか、雑器ということになってしまいます。経年の汚れも土台が良いから映えるのであって、やたら古ければ良いというわけではないんですね。青は難しいらしいので多分現状ではできないのだと思います。現代品と似たもので本物であれば左の写真の例のものになります。蘇州市収蔵協会会員店で置いてある販売品です。中央より左に三日月型のヒビがありますがこれは貫入ではなく胎も割れて底までいっています。打ちつけてしまったのでしょうね。汚いようにも見えますが、実際に現物を使うと風格が全然違うと思います。料理の味も違ってきます。そういえば本稿は茶盤でしたが、古茶壺を持っているのならこれは映えるでしょうね。逆にサラダを盛ると汚く見えるかもしれませんし、使い方を考えないといけません。それにもうちょっと探せば、もっと綺麗な状態の良いものもあります。しかしこういう朽ちた感じが欲しい場合もあるわけで、茶盤だとそれはあり得ると思います。清代だと優美、明代は恰幅があり、金元代は華麗、宋代は朴訥という明確な美意識があります。こういう歴史の厚みの中から民国期に多くの巨匠が出たという、それぐらいまでの時代は一貫した繋がりがありました。現代品はそのどれにも当てはまっていない、現代のインターナショナルな作品ということになると思います。それはそれで評価すべきなのかもしれませんが、収まりが悪い感じはどうしても拭えません。しかし茶壺が現代のデザインのものであればこれで合うと思います。

 右は先ほど見ていただいた貫入のアップを写していた漳州窯と同じもので弦堂の私物ですが、先ほどの現代品と比較しますと、いずれも皿ではないということがわかります。茶盤として初めから作られていて底が平らで厚みがある、高台の直径が大きいという特徴があります。基本的に閩南あたり(台湾を含む)でしか作っていないと思います。しかし皿を代用するのに何ら問題はないと思います。哥窯が黄土色(青磁を酸化焼成した色)が多いのに対して漳州窯は青(還元焼成)が多いような気がします(青でなれけば上の幾つかの例のような白というところです。干物を載せている小皿もそうです。この白も青磁の亜種だと思います。白磁はまた別にあるので)。中国人はとにかく青磁に拘ってきた民族ですが、これは特別中国だからというのではなく、輸出品は青磁が多かったらしいので世界を惹きつける魅力があるということなのだと思います。しかしそれでも主な製造地は中国でした。他には朝鮮、タイ、日本にもあり、日本では伊万里や尾張名古屋城内の窯など将軍家に納めるための官窯で青磁が焼かれていました。民間では兵庫・三田で焼かれていたものが有名です。日本の格付けでは中国・龍泉窯の青磁が最上とされていましたので、その影響が強いと感じられます。龍泉窯は輸出中心でしたので明代中期の鎖国政策が始まった時期に衰退し、青磁製造の中心地は景徳鎮に移っていきました。景徳鎮では国内で消費されるものを作っていましたので、かつてのように高度な質が求められることはなくなり、雑器としての地位に転落したとされています。しかし青磁は2度焼きが求められる面倒なものですし、雑器としてはもっと簡単な工法もあったわけですから、民間の視点では高級品だった筈です。それでも長期に製造していたというところに中国人の青磁愛が感じられます。これも伝統の厚みでしょうね。青磁の素晴らしさを民間人もよくわかっていたということだと思います。今でもイケヤでさえも青磁は置いているぐらいで、これはもしかしたら中国だけかもしれません。もちろんこれはスカイブルーの釉薬を掛けただけのもので本当の青磁ではないですが、それでもいかに青が好きな人が多いかということを示していると思います。そういう現代でも気軽に入手できる青磁ですが、できれば清代以前のものを入手したいところです。明代に龍泉窯の技術を継承し、清代には哥窯から漳州窯へと受け継がれたものも流入していましたので、本物の青磁を体感できるからです(注:「哥」は兄の意で、それに対し龍泉窯は「弟窯」とも言われ、いずれも発祥は龍泉です。哥窯は貫入に色素が入り、龍泉窯は入らないという違いがありますがどちらも青磁です。金箔で補修してあるのが龍泉です)。そのように様々な青磁製造の技法が入ってきたにも関わらず、景徳鎮は一貫した青磁に対する概念を維持しました。五代十国の時代からすでに青磁と白磁を焼いていたと言われ(景徳鎮東南の湖田村)、宋代に至って「青白瓷」というものを発明しました(左下の写真は台北故宮博物院所蔵の景德镇窯青白釉双鱼碗)。これは"影青"とも言われ、この雰囲気が清代に至っても維持されていたことがわかります。天然の材料だけを使っているので細かい瑕疵は多く見受けられますが、1枚あるとどうしてこれに中国人が魅せられたのかよくわかります。例として弦堂の私物を2枚載せていますが(朱泥を載せているものとリンゴを載せているもの)、これは実は同じ個体で色が違って写っていますが、時に緑に見えることもあります。複雑な深い色彩です。色が色々に見えるから良いのではなく、古代の人がどうしてこれに惹き込まれたのか十分にわかる魅力があります。イケヤも普及価格帯で需要を満たす製品を作っているのでそれはそれで良いと思いますし、弦堂も友人の家で食べる時には場所によってはイケヤ青磁にお世話になっていますが(裏を返して見たりしていると人々が「おい、それは清朝なのか?」などとからかいますが)、もし可能であれば景徳鎮の古い青磁を使ってみていただきたいですね。博物館級のものがないらしいので中国ではそこまでの評価が付いていませんが、管理が厳密でない精巧でないというだけで、芸術的にも素晴らしいものだと思います。むしろ生活用品を作っていたということで、今でもこの方が使い勝手は良いんですね。現代でも汝窯など高級青磁の復刻が盛んで作りは完璧ですが、清代の青磁を見ると全然違うのがすぐにわかると思います。青磁に湛えた茶も美しく、もし徹底追求した場合、最高に中華的な茶盤は青磁以外に考えられないとさえ言い切っても良いのかもしれません。そう考えると閩南人が青磁を漳州で作らせることで貫入をも味わっていたのは、さらに上を行っていたのではないかという気さえします。茶壺はデザインがほとんど完成されており、古い様式のままで今でも楽しまれているということと、養壺でエージングしますので、新しい現代の茶壺であっても茶盤は古い方が良い感じの雰囲気が出ると思います。養壺については最も美しく育つと言われているのが台湾系とか鉄観音などの烏龍茶です。また宜興紅茶も良いとされています。淡い水色で油が多いためだと言われます。現代の茶盤は流行が速いのでほとんど紹介していなくて申し訳ないですが、今のでも良いものはあります。日本の伊万里も良いと思います。普通、一番多いのは木製竹製です。何れにしても現代のものは置いといて一回、古いものに親しんでいただけたらと思います。その方が現代品も理解しやすいと思います(コピーでは景徳鎮が復刻を手広く制作していますので、代表的なタイプは何でも手に入って価格も抑え気味で良いのですが(復刻であるのははっきり明記しているのがほとんどです)、しかし製造技術が失われている種類のもの、青磁はそうですが、そういうものは違和感がどうしてもあります。青花(染付)のようなものであれば現代品でも良いのではないかと思います。ただ釉薬は違いますのでそこまで拘ると古いものに行くしかないと思います)。気に入ったものがなかなか見つからんようであれば、適当に家にあるもので代用して辛抱するとか、数がいるものではないだけに時間を掛けて慎重に探したいところです。

戻る  次へ




二胡弦堂
創業2008年 二胡弦堂