Ω 朱泥について - 二胡弦堂

朱泥について - 二胡弦堂

 

 中国の朱泥の主要な産地は2ヶ所あります。宜興から、宜興ほぼ全域を含めてそこからさらに南方への一帯で鉱脈が見つかっている紫砂、それと広東省の潮州朱泥です。右の写真の例は前から宜興、江西外山料(下記で説明)、奥の赤いものが潮州老安順の陳年(珍蔵)泥で現代に作られたものです。

  1. 段泥
  2. 紫泥
  3. 朱泥
  4.  ・黄龍山朱泥
     ・趙庄朱泥
     ・小煤窯朱泥
     ・大紅袍紅泥

     ・諸々の外山料
     ・潮州朱泥

 朱泥は焼成が極めて困難で、収縮率が高い(30%以上)なので大型のものは作れないし、小型のものでもかなりが割れてしまう難しい泥です。そこで伝統的には泥を調合していました。段泥は天然の共生鉱が良いということでしたが、朱泥は逆で昔のものは全て調合されたものだったようです。材料の選択やその割合は人それぞれだったので多種多様であるとされます。しかし近代以降は純粋な単一鉱のものもあるとされます。歴史的な基本的調合は、趙庄朱泥80%に黄龍山紫泥20%を混ぜるというものだったようです。こうすることで焼成温度を下げ、磁器化を防ぐことが可能になったようです。明代の専門書・陽羡茗壶系によると、明代後期にはすでに泥の配合が極められていたようで、得られた色彩としては海棠紅、朱砂、定窯白、冷金黄、淡墨、沉香、水碧、榴皮、葵黄、閃色梨皮など様々だったようです。さらに同書には朱泥は趙庄産と記載されています。趙庄朱泥は60,70年代に枯渇し始めたので新たな鉱脈が捜索され、徐々に小煤窑の朱泥に代わられました。

 宜興本山で産出されていた朱泥は、大紅泥と小紅泥の大まかに2種に分けられ、一般に大紅泥を「紅泥」、小紅泥を「朱泥」と呼んでいます。小紅泥(朱泥)の最高品は龍眼鵝黄と言います。大紅泥(紅泥)は、大紅袍や紅皮龍などが代表的です。泥の色が黄色か赤色という違いですが、大紅袍は泥は真っ赤なのに、焼成後はオレンジになります。朱泥は岩石ですが、紅泥は河川から流れて海に堆積した赤土で違うものだとされます。鉄分や焼成温度も違ってきますので色は似ていてもだいぶん違うものと考えた方が良さそうです。紅泥は赤土であれば常滑や備前と同属になると思います。実際、紅泥は緑茶に非常に合います。清末から民国ぐらいの紅泥茶壺は鉛のような色合いで非常に古風で佳いものです。陳腐期間が長い実用に即した作りです。清水泥によく似ています。最近のものは赤くて美しいものが多いです。紅泥と朱泥が違うものなのにあまり明確に区別されない理由としては、互いに調合することが多い、紅泥と朱泥を混ぜることが多いためだと思われます。どちらの方が成分が多いかで分けられているものと思います。朱泥は対応できる茶は広範囲ですが、紅泥の方が緑茶には合う感じがあります。

 ある時、ヒスイの専門店に不自然に置いてある茶壷2つを見ました。おそらく顧客からヒスイの代わりに引き取ったものと思います。内1つが、朱泥らしい茶壺でそれが写真のものですが、梨地でひび割れがあります。紫砂というのは"砂"ですから程度の差はあるものの、砂っぽさはあります。ところがこれは砂質も確かに見えるものの全体的に粘土のような胎をしており、焼いた時に生じたと思われるひび割れもかなり多く見られます。粘土は通気性がなく磁器のように引き締まります。全く別物になってしまうわけですが、ところがこれは通気性が非常にあって底が湿ってくるぐらいなのです。ヒビから漏れているのでしょうか。そういう感じでもありません。熱湯を注ぐとパチパチ音がして染み込みます。輝きもあるので本山の泥です。銘は清代の牌子になっています(清代というと江戸から明治までなので清末のものであればそんなに古いわけではありません。100年以上経ってはいますが)。紅泥の昔の調合の1つと思われます。やはり緑茶が素晴らしいのです。中国緑茶であれば日本の泥を上回ります。これだとピッタリです。常滑だと少しキツさがありますが、これは丸くなります。小煤窑朱泥も対応範囲が狭いと言われながらも割と緑茶にも合いますが、それより明らかに良い感じがします。あまりに特殊な泥なのでもう一生見つからないと思っていたのですが、情報が寄せられ、同じものがあると。景徳鎮は狭い街にも関わらず高級茶店がたくさんあるところで、窯が茶店を出しているところと、茶店がプロデュースして茶器を出しているところなど色々あるのですが、今は2階建ぐらいの長屋形式の団地に固まっています(長紅金域中央というところです)。景徳鎮に店がある、ということが重要なので、そういうニーズを集約した団地を政府主導で用意したものです。その中の1つのブランドが数年前に出していた朱泥の茶壺があなたの茶壺と同じ泥を使っていたというものでした。普通そういうところは自社の製品を絶品などと言わないし、何十年も寝かせた陳腐朱泥でもそう言わないものですが、それに関しては効果絶佳と表記していたと、かなり自信があったようですが、材料がなくなってもう作っていないということでした。古い泥が手に入るとこのように良いものはあるでしょうね。そしてこの泥は黄龍山の梨皮朱泥でした。朱泥というより紅泥なんですが粒子が大きくて梨肌になるんですね。本山緑泥と紅泥の共生鉱だろうと思います。

 宜興周辺の朱泥はだいぶん枯渇しているとされますが、潮州にはまだ結構あると言われています。どんどん探して鉱脈を見つけていると言われています。潮州の泥は本当に泥で200目ぐらい、宜興は紫砂、砂の含有量が多く60~120目ぐらいとされています(明代の壺は26目ぐらいからと言われていますのでかなり砂に近く、清代に入った頃には35目、清中期以降現代まで55~60目、機械生産は100~120目ぐらいとされています。泥を作るミキサー車のような機械があります)。非常に細かい隙間があるので、沸騰水を注いで耳を近づけると宜興は炭酸水のような音がします。潮州は硬い拍子木を打ち付けるような音をもう少し重くしたような感じの音がします。建水も200目ぐらいなので同じです。潮州壺も最近のものはかなり工作精度が改善されて蓋が吸い付くような気持ちよさを味わえます。そして水切れも秀逸です。潮州と建水はどちらも徹底して表面が磨かれているものが多いです。ツルツルです。宜興だと偽壺以外ではまずありえない感触です(偽壺は潮州、或いは台湾などで作っていますが、宜興と思うから偽なのであって、違う観点から見たら非常に価値がある場合もありますので注意が必要です)。潮州朱泥は朱よりも赤か紫に近いのが多く、建水は仏壇の漆みたいな黒です。紫を混ぜたような感じです。いずれも宜興紫砂とは違いますから価格は低迷しており、それでも潮州は建水より割と上の値段がつきます。建水は朱泥ではないからでしょう。潮州は古壺も価値があります。鳳凰単叢の産地ですので岩茶が非常によく合うのはもちろん、普洱生茶もかなり相性が良いとされています。宜興はたくさん持ってるし、他にも違うのが欲しいという裕福文化人、というと中国では北京人ですが、この存在が潮州壺経済を支えていると言われています。しかし宜興の二番煎じ的な見方をしなくても潮州壺は独自で十分に魅力あると思います。人によっては紅茶などは宜興を使わず、ガラスや磁器で香りを引き立てることもあると思いますが、味覚に敏感な人は宜興を好みます。濃厚な奥行きのある味わいを楽しみますが香りを犠牲にしてもその魅力故に気にはしません。どちらも欲しくなったら潮州壺でしょうね(宜興は本当に様々なタイプがあるので潮州のようなものもありますから全体的な傾向についてということですが。それでも潮州壺は独自の魅力があると思います)。この辺りが潮州壺が鳳凰単叢に合うと言われる所以なのかもしれません。ガラス、潮州、宜興を交互に比べるとなぜ昔の人が宜興を珍重したのかわかります。延々と飲み続けていると宜興なんでしょう。だけどこれは随分と深い趣味です。深い味が出るのです。潮州は香りが舌に載ります。甘さも渋さもさらっとした水に載って喉に流れてきます。全く同じはずの茶が別物に見えます。こういう関係を中国では、潮州は宜興の7割ぐらいの性能しかない、と言います。しかしそれは違う気がします。日本と中国の茶器でどちらが優れているか中国でははっきりさせたがる人が多いですが、それは大陸人が島国人のように物質を蓄積しないことと関係があります。英国や日本のような民族は収集癖があります。一方、大陸人としてはつまり、1個しか家に置きたくないので白黒つけて欲しいというそれだけなのです。しかしそうは言っても全然別物なのではっきりさせるのは難しいのです。それは宜興と潮州との関係にも言えます。1個に限定するなら宜興、それでも中国茶は飲まないが紅茶は別という一番人数が多そうなカテゴリーの人々にとっては潮州の方が良い可能性があります。

 潮州の泥は謎が多いので調査した結果、時代の区分で3つに分けるのが良さそうという結論になりました。潮州壺は清代中期に宜興の偽作りから始まり、それを海外に輸出することで壺作りの産業が形成されました。この頃の泥は水田の底から取ったもので、そうであれば備前に近いということになります。備前の場合は山の岩質からや黒土を混ぜたりもしていますが潮州の場合、泥の調合は各工房で秘密扱いだったので様々なものがあったと考えられます。清代より上記の老安順、さらに源興炳記といった一族経営のメーカーがあり、これらは今でも子孫に引き継がれています。源興柄記の清代の壺は右写真の右のものです(蓋は違います)。尚、泥調合法は現代でも秘密扱いになっていて制作坊によって壺の色合いなど異なり、さらに同じ工房内でも製作者毎に違うということがありますのでかなりバリエーションがあります。その後、民国期末から文革以降あたりまで山の岩質の朱泥、宜興と同じようなやり方で泥を調達するようになり、その頃の壺は鮮烈なオレンジ色で壺の表面はかなり磨きこまれています。現代の常滑と同じような感じです。上の左側の写真で比較しています。下は常滑で上が吴大林が80年代ぐらいに製作した壺です。表面はあまり違いはないのですが、潮州の方が輝きがあります。中は常滑は磨いていますが潮州は磨いていません。そして潮州壺は通気性があります。現代の壺でこういうオレンジのものはなくなったので、おそらく朱泥岩が枯渇しているものと思われます。しかし公式には本来の潮州朱泥はあるとされています。そうしますと、本来の潮州朱泥は何なのかということになります。なぜなら、田土と岩質の2種があるからです。そこで老安順に質問しますと答えは「だから潮州朱泥だって」でした。言えないのだと思います。企業秘密だからだと思われます。見た感じ、全体的に田土に戻っているような気もするので、そこだけさらに質問するも「いや、だから潮州朱泥だって」とこうでした。聞いちゃいけないことを聞いてしまったようです。世間の評価では清代の田土で作ったものは酷いとされていて岩質泥を使うようになってから潮州壺が大成したとされています。本当でしょうか。なぜ疑うかというと田土が悪いのであれば備前も悪いとなりそこに違和感があるからです。さらに常滑の本来の泥も田土なのです。清代潮州壺の隣に置いてあるのが伊藤雅風が本来の製法で泥を精製した常滑です。鳳凰単叢で比較してみます。岩質のオレンジのものは白磁よりも濃厚に出ますが、それよりも田土の方がインパクトがあります。清代の泥が一番濃厚ですが、現代のものも大きく変わりません。ただ中国の古いものはとにかく水の出が悪くて使い勝手は悪いのです。蓋もこうしてなくなっているものが多いし、工夫式で淹れるなら蓋はいらないということで割れたら捨てるのかもしれませんが、蒸気を浴びますので熱いのです。蓋があった方が蓋の隙間からも放出できますので適当なものを持ってきて当てがったものです。元代の龍泉窯の何かの蓋の残骸ということであまりにボロいので漆で修復しようと思いましたが面倒なのでそのままになっています。尚、現代の潮州壺の工作は素晴らしいので、蓋の間からも漏らさないといけないということを考える必要はありません。中国の古い壺はこの辺、どうしようもないものが多いですが泥は良いのです。総合的に判断すると清代のはダメで現代の方が良いというのは確かに正しいと思います。泥マニアからすると清代の方が良いのですが。さらに常滑で鳳凰単叢を淹れますとこれは全然ダメで味自体が消えます。しかし常滑は緑茶を淹れるなら非常に濃厚感を味わえます。潮州田土は紅茶を淹れるのはおそらく最高です。紅茶で濃厚というと悪いイメージがありますが、そうではなく良い部分がしっかり出ます。ほとんどの人が砂糖は要らないと言うと思います。一口に田土と言っても全然違うものもあるということです。そうするとオレンジはどういう位置付けになるのでしょうか。紫砂の外山料(以下に詳説)の一種という気がします。もしかすると潮州岩質朱泥はまだあるのかもしれませんがもう探していないのかもしれないとさえ思います。田土の方が良いんですね。田土は岩質が風化して山から流れてきて沈殿したものなので基本は同じなのですが、人間の精製と自然ではやっぱり自然には勝てないということなのかもしれません。オレンジも独特の魅力があるのでこの方が良いという人もいるのでしょうけれども、基本潮州は田土を中心に考えたいところです。普洱生茶は潮州壺が良いとは言われていますが、さらに踏み込んで最良と言う人もいますけれども、このように宜興や日本の泥とは別個に考える必要があります。尚、ここに書いてある潮州泥についての見解は中国にはなく、そもそも潮州泥についての情報もほとんどないぐらいなので、中国語が話せる方が中国に行って潮州壺を吟味する時に、茶店で普通に潮州泥について語るとか、ましてや優れているなどとはあまり言わない方が良いと思います。潮州泥は中国では評価はかなり低いのです。中国人で茶に関係ない一般の人がうちに来た時に、宜興の壺を脇に置いたまま潮州壺で紅茶を淹れると怪訝な反応をします。何で客が来てるのに宜興を使わんのかという訳です。減るものでもあるまいし。なるほど、確かにそうですね。直にはっきり聞かれることもありますが説明も面倒ですよね、本稿もこれぐらい長くなっているぐらいですから。そもそも先方がそこまで興味を持っている訳ではないのですから、その場合はこう答えています「緑茶は備前で淹れるよ」。もちろん客が細かく聞きたい場合は説明していますが呆れられます。それで「何も難しい話ではない」と言って宜興でも淹れて実際に確認頂いています。備前は紅泥で中国も紅泥があるということで確認いただいたりすることもあります。潮州というところは、今は小さな街ですが、東南アジア文化の発祥地です。特に音楽はそうです。日本にも影響を与えています。日本では急須と言いますが、これは潮州で茶壺を意味する「急焼」の発音が訛ったものであると言われています。東南アジア圏、中国南部や沖縄まで含みますが、この全域の文化的首都は潮州にほかならないでしょう。

 宜興より南方一帯、広東省までの広大な地域は茶の生産で有名です。その中央には武夷山が聳え立っています。そこでこの地域の泥を使っていくことはできないものかという考えになってきて、かなり捜索は熱心に進められていると言われていますが、なかなか満足のいく泥は見つからないようです(江西安吉,安徽広德,浙江梅山などで朱泥が見つかっています)。いろいろ難しいことを言ってもしょうがないので、これらの泥も茶壺製造に使われています。しかしわずかに幾つかの宜興本山をも凌ぐのではないかと言われる朱泥も見つかっています。そのうちの1つは、江西省東側一帯の真っ赤な砂がたくさん出るあたりで(赤砂は漢方とか飾り物に使うのでまた別なのですが)、鉱物の状態が鮮やかな黄色の朱泥が発見されたもので、それは従来の原鉱朱泥の概念をも覆すほどの素晴らしい品質とされています。しかしあまりに砂質が脆く、整形が極めて困難、すぐに割れるし、どうしようもないので、小煤窑で見つかった粘りがあってこれも単独では使えなかった紅泥を混ぜて何とか製造するという感じでここ数年来供給されていました。もちろん科学的なものを混ぜれば作れるのですが、清水だけを使うという条件ですので、かなり難しいのです。それでも努力が続けられ、何年も寝かせて風化させたり、全手工に拘らず、必要に応じて工具も利用するなどで最近は100%現地産の泥だけで製造できるようになっています(左の写真)。それでもなお製作家泣かせの泥であるのは変わりないので実際に流通はほとんどしておらず、そこの価値に出費できるプロの茶商やマニアの間で売買されていると言われています。優れた朱泥は宜興原鉱のものでも10作ったら1つしか販売できないと言われるぐらい不良率が高いので(最近は半分以上成功。温度管理の精度が上がったためかもしれません)、良い材料が製造時に扱いにくいのはしょうがないと思います。それで外山料としてはかなり高価です。それでも優れた朱泥がこなれた価格で購入できるということで茶商を含め現実面を重視する向きに好まれます。このように外山でも非常に良いものもあるので、選択によってはレベルの高い茶道が楽しめる筈です。

 日本にも良い泥はたくさんあるし、それらは中国にはないものであったりしますが、それらは日本人よりも中国人の方が高く評価しています。故に茶器市場に関しては日本は中国よりも後進国であるのは間違いないと思います。中国人に言わせると日本の方が素晴らしいと言いますが(中国人の大部分は緑茶を嗜むので緑茶に特化した日本の泥は好まれると思います)、一般の日本人はそれほど興味もなく道理もわかっていません。土鍋が良いというと多くの人はわかるのに茶となると違う見方をする人が多くいます。全く同じなんですがね。中国では日本の伊賀の土鍋が最高であると言われ、百貨店でも専門のコーナーがあったりしますが、これは長谷園のようなブランドが積極展開するより随分前からです。日本では古来の製法で泥を生産して作っているところが幾つもありますので、そういうものを探すと茶は美味しく飲める筈です。備前であれば古来の泥(これも朱泥)はどこも使っているし、魯山人も最高の泥は備前と言っているぐらいです。煎茶でも中国緑茶でもいけます。中途半端なものを色々試すのではなく、何かしっかりしたものを1つ確定させてしまった方が後々幸福になれると思います。しかし日本と中国の泥は別個に考えた方がいいでしょう。タイプが違うのでその辺りも面白いところだと思います。

 ベトナムとの国境近くに欽州というところがあって、ここは川の泥が有名ですので見に行きました。田土も山から流れてきたものでしたが、ここでは市内を貫いている川の両岸から泥を採ります。中国は大地ですので大抵は河ですが、ここは日本とそんなに変わらない規模の川でした。東岸の湿地帯では柔らかい水のような泥があり明るい朱色、これを当地では白泥と分類していますが、鉄分が多く微量のガラス質も含んだこの泥を暗所で水を抜きながら保管します。西岸の泥は硬い紫色の粘土でこれを4~6ヶ月野ざらしにします。欽州は雨が多く晴がほとんどない地域なので頻繁に雨に打たれます。泥は徐々に砕けて溶解し酸化します。紫泥6:白泥4に水を加えて撹拌器で8時間捏ねます。15日間寝かせて泥料の完成です。両岸で泥質が異なるのは、川が曲がっているからです。欽州坭興の特徴は窯変を味わうということです。泥を混ぜる点も含めて備前と共通項があります。鉛のような重たい外観の冴えない泥ですが特殊な紅泥系です。これは一般に普洱生茶に合うと言われ、それ以上のことは何も言われません。しかし現代の欽州坭興陶はおそらく冴えない外観を嫌ってか還元焼成で黒く仕上げる傾向があります。一般に言われているのはこれのことだろうということで、そうであれば昔の酸化焼成のものを確認しなければなりません。文革直後あたりから外国に輸出するために作っていたようで、どの壺も裏に「MADE IN CHINA」と入っています。外観のセンスも中国のものではない、東南アジアのデザインですから国内では販売できなかったものと思われます。工作も宜興とは比べ物になりません。もっとも最近はかなり努力されてきてかなり良いものもあります。しかし泥は見た目が冴えませんが写真のような暗い赤のものが良いと思います。これは非常に中国緑茶に合います。普洱茶に合わせるのだったら他に幾らでもあるので、それだったらわざわざ欽州に手を出す理由がありません。非常にマイナーでほとんど見向きもされてないような産地のものですが、しかし文革以降の古いものは結構高価です。現代のものは安価ですが。ということは古いのは割と人気があるということだと思います。こういう品は明確に市場原理が働くからです。中国緑茶で宜興紅泥か欽州泥であれば、宜興が入手しづらいことを考えると欽州は価値があります。

绿蚁新醅酒,红泥小火炉。
晚来天欲雪,能饮一杯无? - 白居易《问刘十九》

            戻る  次へ