新作古楽器 - 二胡弦堂

 古楽器なのに新作?というのは説明しないといけません。古楽器というのはまず、現代では枯渇した古い材料を使っているところに魅力があります。そして音響構造が現代の考え方と違います。二胡は進歩しているので古いものには一顧の価値もないのでしょうか。大多数の人はそう考えます。でも文化人は古いものにこそ味を見いだします。艶とか毒のことです。これがなければ中国音楽は死にます。まさに血潮なのです。他はどうでもいいんです。発展はしたい人間に任せておけばいいんです。どんどん遠くに行ってもらったらいいんです。芸術の核心に毒された紳士は艶に満ちた毒を吐き出す古楽器が手放せないのです。それで中国では愛好家が増え過ぎて良い古楽器は入手困難です。

 しかし古楽器でもいろいろあります。現代でも二胡は安価なモデルから高級品までありますが、昔も同じだったからです。高級品は昔も今もすごく少ないのです。優れた楽器でないと毒の含有量は減るでしょうか。当然です! 当たり前のことを質問してはいけない、だけど見つけるのは困難なのです。弦堂でもどんどん入ってくればいいのですが、ほとんどありません。あまりにもないので骨董街に行くと「楽器はないですか」と聞いて回っている人だったら常にいるのです。毒が廻った患者は特に北京は多いからです。正直・・患者が多過ぎて邪魔なのです。そこに来て、ペラペラの雑木に塗料を塗った偽の古楽器を出してくる店主がおったら、いら立ちも押さえ切れないのです。毒が廻っているところにいら立ちも募るのです。だったら作って平和になろうということで「新作古楽器」なるものを発注することになりました。(注:偽の古楽器というのはほとんどありませんので、結構おもしろいものです。偽というと悪意のあるものですが、現代に相応しい修理を施したものもありますから、そういうものは価値があることがあります。本物の古楽器で悪いものは相当ありますから、こちらの方はよく見ないといけません。)

 古楽器は基本的に蛇皮が破損している場合が多いので、これまでいろんな人に貼って貰いました。その結果、胡涵柔が最高らしいという結論になりました。上海派は毒を特徴としているので当然のような気はしますが、確かに驚くほど濃厚なのです。それでこれは絶対に外せません。胡涵柔、日本では人気がないのですが、無知はいい加減修正すべきという弦堂の考えで強行発注します(中国文化がわからない人には上海派はわからないですね)。胡涵柔は女流です。ここを読んでおられる方も女性の方はおられると思います。男が趣味でこういうことをやると「古楽器?バカじゃないの?今のでも音出るでしょ?何で持ってるのにまた買うの?」夫は「いや、ぜんぜん違うんだから」となってまるで平行線なのです。この場合、明らかに男の方が正しいのは言うまでもないのですが、ここで言いたいのは、こういう取り巻く現状にあって、こともあろうに女性に発注しなければならないということなのです。どうなりましたか。回答は「忙しい」でした。翻訳すると「うっとおしい」でした。発注はいろんな意味で強行なのです。モデルは上海民族楽器廠が初期の頃に作っていた二胡があるので、それをそのまま復刻したいのですが、これを言うとOKが出ました。敦煌牌より以前のものです。条件が明確だったので問題なかったようです。

 次に呂建華にも連絡します。呂建華はこういう文化的なものがすごく好きです。だから絶対に話に乗るだろうと思ったら、のんびりした調子で「好啊(ハオア)」でした。よく考えてOKしたのか疑わしい程、即答でした。呂建華は最近、日本から三味線を入手しては「素晴らしい」と言い、三味線のデザインのものを作りたがっていたので、この新作古楽器で日本風のものを採用しようという話になりました。具体的には弦軸にそのデザインを採用するということでした。しかしでき上がったらちょっと違いました。だけどこれもいいですね。渋柿のようです。工芸品のようなデザインです。胴は既成のデザインから竹のものを選択しました。これは「古楽器復刻」という趣旨での制作ですが、実際のところそうとも言えるしそうでない部分もあります。デザインは新作なので復刻とは真逆に向っていることになります。現代楽器はこれまでの様々な研究が反映されているのでそれらの要素も応用されています。戯劇伴奏用時代の二胡に戻すのであれば琴托は不要ですが、これもなるべく薄いものということでお願いしました。弦軸も白檀を使っていますし、あちこちが現代とは違うので出てくる音もかなり違ったものです。100年前の二胡演奏家と現代ではスタイルがぜんぜん違いますので、あれもこれもやりたくなる訳ですが、守備範囲の広い二胡となると難しいし、そういったものを作るのが正しいかもわかりませんが、ともかくこれは1つの回答だろうと思います。二胡というのは本来南方の楽器ですから北京には二胡の古楽器という伝統はないし、そもそも八角琴も本来上海だったぐらいなので、北京の二胡の古風な音というとイメージできませんが、板胡とか京胡であれば古い北方の音なのでそういう方向性であればこの楽器は現代の呂建華より近いと思います。

馬乾元師が古楽器を観察しているところ  馬乾元は元々、つまり今作っている現代琴がすでに古楽器の音を持っています。古楽器のサウンドをさらに洗練して行き着いた感じがあります。工法も少し独特です。そうやってすでに完成されているのに、ここで改めて古いものに戻るのは難しいことです。まずは古楽器の蛇皮貼替えから発注してみます。馬師は古楽器は自信がありません。「良くないという前提でもいいか」といったようなことを念押ししてから蛇皮を貼るからです。こういう人はほとんどいません。そしてその結果、驚くほどひどいのです。もうまともに鳴らせないような音でびっくりします。もっとも持ち込んだ古楽器が少し難しいものだったということもあったのですが、欲しいタイプの音があったのでこれで良しとしたのです。とても音は悪かったですが「これはいける」という確信は持ちました。しかしそのまま鳴らすとうまく育ちませんので、この暴れ馬を制御します。奇麗な音を出して育てないと雑音だらけの楽器になってしまいます。そして辛抱に辛抱を重ねてしっかり音を出していきます。それから半年ぐらいして、今では非常に香ばしい音が出ています。これは他に替え難い深みがあります。こんなに意思の強さと美を兼ね備えているものはないと思います。しかしこれは一般には勧められません。京胡の甘さを二胡に混ぜたような音ですが、日本人は京胡を理解しません。それでこれはやめますが、どういった傾向になるのかはわかりました。そこで参考モデルはどうするのか、しっかり考えないといけません。1つおもしろいモデルがあるのでそれで作って貰うことにします。写真は参考モデルを観察している馬乾元師です。

 以上で3種の新作古楽器があるのですが、外観では胡涵柔が人気あるようで、他は今一つです。問い合わせが胡涵柔だけに集中しています。だけどこの3名の制作家はそれぞれ個性がありますから、様々な形状の古楽器に対して合う合わないがあります。だから全部形状を統一してしまうのは難しいです。胡涵柔は今後もこのまましばらく行きますが、他は少なくともこの形状については最後にします。それと呂建華はこれは明らかに古楽器ではありません。古楽器を作るつもりが譲れないところが多くて結局現代になりました。それもどうするか考えたいと思います。

お問い合わせは、erhu@cyada.org にて




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